NHK沖縄放送局

NHK沖縄放送局(エヌエイチケイおきなわほうそうきょく)は、日本放送協会(NHK)の沖縄県地域放送局である。 沖縄県を放送対象地域とする中波放送(AM放送)、超短波放送(FM放送)およびテレビジョン放送県域放送を行う。

NHK沖縄放送局
放送対象地域 沖縄県
所在地 900-8535
総合テレビ
開局日 1967年12月22日
コールサイン JOAP-DTV
親局 那覇 17ch (キーID 1)
Eテレ
コールサイン JOAD-DTV
親局 那覇 13ch (キーID 2)
ラジオ第1
開局日 1942年3月19日
コールサイン JOAP
親局 那覇 549kHz
ラジオ第2
コールサイン JOAD
親局 那覇 1125kHz
FM
コールサイン JOAP-FM
親局 88.1MHz
主な中継局
アナログテレビ
総合テレビ
平良 7ch、石垣 9ch
ほか
教育テレビ
平良 4ch、石垣 12ch
ほか
ラジオ
ラジオ第1
平良 1368kHz、石垣 540kHz
ほか
ラジオ第2
平良 1602kHz、石垣 1521kHz
ほか
FM放送
平良 85.0MHz、石垣 87.0MHz
ほか
特記事項:
*ラジオ放送は1945年3月23日から1972年6月24日まで放送中断
  • 1967年から本土復帰までは沖縄放送協会(OHK)が運営
  • 総合テレビ開局日はOHK宮古放送局(現在の宮古島市平良中継局)の開局日。
    現沖縄放送局(旧OHK中央放送局)の開局日は1968年12月22日

概要

開局は1942年3月19日であるが、沖縄戦でちょうど3年後に機能停止となり、一旦廃局。その後、1972年5月15日沖縄返還で沖縄県が“復活”した[1]ことに伴い、沖縄放送協会の業務を移譲する形で設立され、復活した。この時はちょうど「開局30周年」にあたるきりがいい年であった。

過去には戦前の歴史とは別とする見方が一般的であったが、沖縄県内で米軍を巡る諸問題がいろいろと起こるようになると、それを語る上では戦前の歴史は切っても切り離せないという現実から、本土復帰40年に際し一時断絶を踏まえ「周年」という言葉は使わないものの、戦前からの歴史を継承し、前述の1942年を正式な開局日とした。ただしそれでも開局順ではNHK佐賀放送局よりも後となり、現段階でも九州・沖縄ブロックの最後発放送局であることに変わりはない。

スタジオは2006年3月5日まで、県庁所在地の那覇市ではなく豊見城市にあった。そのような経緯から、一般的なNHKの放送局では放送局所在地の市名を使用するのだが、当局のみは例外で、NHKの放送局名に過去も含めて唯一、県名を用いた放送局である[2]。また豊見城市の市制施行前の旧島尻郡豊見城村時代は、NHK放送局の中では唯一“に所在する放送局”でもあった。放送会館の那覇市おもろまち移転後、旧会館跡地は豊見城高安テレビ・FM送信所として送信機能のみが残されている。

大東諸島におけるサービスの状況

本島周辺と先島地区では地上デジタル放送を含めた全ての放送サービスを利用できるが、大東諸島は地勢的要因により2019年6月時点で以下の通りとなっている。

総合テレビジョン教育テレビジョン(Eテレ)
  • 大東諸島においては、沖縄本島から遠く離れており、地上波の直接受信ができないばかりか、ケーブルテレビも整備されておらず、NHKはおろか、地元の県域民放も視聴することが長らくできなかった。そこで1975年にNHK沖縄が放送試験局(現・地上基幹放送試験局)(コールサイン・JO7D-TV)を開局して、沖縄放送局が番組を収録したビデオテープを南大東島役場に送り、それを1日あたり4時間程度放送するのみだった。
  • その後1984年5月に現在のNHK BS1の母体となる衛星第1放送(旧)の試験放送(当初は2チャンネル体制を予定していたが、衛星の故障により1チャンネルのみ)を、地上波の総合の同時放送(一部時差放送や教育テレビの時差放送もあり)という形で提供するようになった。1987年の番組再編で、地上波の同時中継は1986年に開局した衛星第2放送(当初は教育テレビのみ。1989年の本放送移行後は独自編成と混成)に移行し、更に同時期に衛星第1は独自編成となった。
  • この後、1998年4月から2011年7月24日のアナログ放送終了までは、衛星通信で送られていた小笠原諸島向けのNHK東京(JOAK-TVとJOAB-TV)の放送を受信、地上波に変換して放送していたが、アナログ放送終了に伴い2010年後半からはソースがBSを利用したセーフティネット放送に切り替えられた。沖縄県の情報は電話回線により、画面へのテロップ挿入で伝えた。
  • デジタル放送の中継局は当初、2010年の設置を目指しているとされていたが、本島⇔大東島間の中継回線をどうやって整備するか、その設置費用負担をどうするかといった諸問題が山積みになっており、開局の目処は立っていなかった。その後、2011年初頭に本島⇔大東島間の海底ケーブル敷設工事に着手する見通しが立ち、同年敷設されたため、アナログ放送最終日の2日前となる2011年7月22日に開局した。
  • なおセーフティネット放送についてはBS波のデジタル化対策も兼ね、直接受信できるようにもなっていた。
ラジオ第1放送
  • 2007年4月1日にFM波変換の形で中継局が開局したが、本島⇔大東島間は衛星通信回線で信号を送っているため、極端な悪天候の場合は聴取できない場合あり。
ラジオ第2放送
FM放送
  • 5月から8月頃のEスポ発生時以外は終日受信不可。中継局は設置されていない(開局時期も未定)。特に大東諸島は全国で唯一NHK-FM放送のラジオ放送による直接受信できない地域として残っている。
ラジオ共通
  • 2011年9月1日からラジオ第1・第2およびFM放送のラジオ3波をインターネットで同時配信する「NHKネットラジオ らじる★らじる」が開始されたため、大東諸島ではラジオ第1・第2に加え、これまで聴取不可だったFM放送の番組もインターネットを通じて聴取できるようになった。
    • 当初は、仙台・東京・名古屋・大阪の4局のみを対象とした再送信だったが、2016年9月にはこれに札幌、広島、松山、福岡の全国主要基幹都市8か所の放送が聴取できるようになり、福岡発の「九州・沖縄向け」番組も聴取可能となった。ただし、権利処理困難で同時配信されない一部番組も含まれるため、FMの県域番組および権利処理困難で同時配信されない一部番組は回線・中継局が整備されない限り聴取不可のため、沖縄単県向けのローカル番組はらじる★らじるでは聴取することができない。
  • 2018年度に試験配信後、2019年度から正式配信となったradikoについては、無料配信コースで、ラジオ第1は福岡放送局の分、FMは東京放送センターの分のみ配信しており、ラジオ第1の九州ブロック、または福岡県向けの番組以外の地域差し替え放送は聴取出来ない。(有料会員制のradikoプレミアムエリアフリーの、他地区放送も受信不可)またラジオ第2は2018年度の試験配信は実施されたが、正式配信開始後は対象外となった。
  • らじる★らじる・radikoとも、『ラジオ深夜便』は概ね毎月1回程度の月曜深夜、並びに年数回不定期に集中的に数日間行われる放送機器のメンテナンスにより、ラジオ第1放送が1時から5時まで放送休止となる場合、沖縄県内全域で放送休止および一部の地域での休止の際、該当地域に入っていれば、らじるらじるでの補完聴取を除けば全く聴取できない(まれにではあるが、福岡のラジオ第1と東京のFMが同時に休止となり、ネットを含めまったく受信できないケースもある)。

チャンネルと周波数

呼出符号(コールサイン)

  • 総合系統:ラジオ第1放送JOAP、総合テレビJOAP-DTV、FM放送JOAP-FM
  • 教育系統:ラジオ第2放送JOAD、教育テレビJOAD-DTV

“JOAP”は戦前、沖縄放送局に指定されていたが、1945年の終戦とともに廃止され、戦後は前橋局のFM放送に“JOAP-FM”として指定された。その後、本土復帰に伴い沖縄放送協会がNHK沖縄放送局に改組される際、新しく開局する沖縄局に“JOAP”を指定する方が望ましいという意見があり、“JOAP”は前橋局から沖縄局に譲られた。これに伴い前橋FM放送は“JOTP-FM”に変更され、この呼出符号が指定されていた京都FM放送は、予定されていた第一放送廃止が取りやめ(のちに2015年に廃止)になったこともあり、“JOOK-FM”に変更された。

豊見城市にあるNHK沖縄放送局旧局舎(現在もテレビ送信所として使用)

テレビジョン放送

  • 先島地域におけるカッコ内のチャンネルは、本島⇔宮古島間の海底ケーブルが開通するまでの米国式チャンネル。
  • 総合テレビのリモコンキーIDは全国大半の地域と同じ1。教育テレビは全国共通の2
地域局名デジタルアナログ備考
総合ch教育ch空中線電力開局日総合ch教育ch映像空中線電力
本島周辺豊見城 17131kW2006-04-01 2+125kW最大実効輻射電力は10倍
今帰仁 38[4]40[5]30W2007-12-01 3840300WOHK時代の1969年に開局、沖縄では初のUHFによる中継局
久米島 33253W2007-12-01 36[6]34[7]30WOHK時代の1971年に開局
首里 60623W
南城佐敷 36253W2007-12-01 606230W
宜野湾 21191W2009-12-01 414310W
胡屋 36251W2009-12-01 242610W
具志川 19251W2009-12-01 464810W
沖縄石川 36250.3W2008-12-01 60623W
恩納 41433W
名護東江
(なごあがりえ)
44461W
本部 46450.1W2008-12-01 60621W
久米島東 20190.1W2008-12-01 51491W久米島局がUHFへ移行した際に設置された
先島諸島宮古島 1713100W2008-05-01 7(9)41kW海底ケーブル開通までは先島地区の親局
多良間 22180.1W2008-12-06 60621W
石垣 2624100W2008-12-06 9(11)121kWOHK時代は八重山放送局で親局だった
石垣川平 221830W2009-04-xx 11(13)6500W
祖納 17131W2009-04-xx 8(10)130W[8]
与那国 36451W2009-04-xx 37[9]39[10]10W
大東諸島南大東 32273W2011-07-22 545230Wアナログ親局は東京本局、1998年4月放送開始・2010年6月末放送終了
北大東 42403W2011-07-22 424010W

ラジオ放送

NHK豊見城金良ラジオ放送所
局名ラジオ第1ラジオ第2FM備考
周波数空中線電力周波数空中線電力周波数空中線電力
那覇 549kHz10kW1125kHz10kW88.1MHz1kW[11] FMはTV放送所から送信
名護 531kHz1kW   本島北部地区の難聴解消のため、1986年屋我地島に設置
今帰仁  84.8MHz100W
久米島 84.2MHz10W
平良 1368kHz100W1602kHz100W85.0MHz1kW[12] FMは1976年12月の海底ケーブル回線全通と同時に開局
(与那国FM局も同)
石垣 540kHz1kW1521kHz1kW87.0MHz100W
川平
(かびら)
  77.7MHz100W
多良間 86.2MHz30W
祖納
(そない)
85.2MHz10W83.1MHz10W  中波混信解消と防災放送充実のため第1は1991年、第2は2003年開局
与那国 83.5MHz10W80.3MHz10W85.8MHz10W AMは中波による混信解消のため2003年開局
南大東 83.5MHz100W  中波による混信解消のため2007年4月1日開局

大東諸島における衛星放送の再送信

大東諸島では地理的・技術的事情により、1984年5月の衛星放送実験放送開始から1998年4月に地上波再送信放送を開始するまで、衛星放送(BS1・BS2)による放送で同諸島(南大東・北大東両島)をカバーしており、その後も続けられた。いずれもBSアナログ放送を地上波に変換した上での放送であるため、VHFアンテナで視聴可能であるものの、アナログ放送が終了(BSデジタルに完全移行)次第、中継局を廃止する可能性が高い(デジタル移行後はパラボラアンテナでの受信となる)。なお中継局ではBSデジタルチャンネルは放送されていない。

南大東BS中継局
  • 衛星第1テレビジョン→BS1 4ch・100W
  • 衛星第2テレビジョン(BS2)→BSプレミアム 6ch・100W

受信可能エリア

  • 沖縄県、鹿児島県奄美地方南部の一部
  • 大東諸島は、アナログテレビ放送は東京本局のエリア(小笠原諸島向け衛星中継を大東諸島へも向けている)であったが、2007年4月1日に開局したラジオ放送と2011年7月22日に開局した地上デジタルテレビ放送は沖縄局のエリアとなる。

備考

  • 地上デジタル放送開始と同時にワンセグ放送も開始した(ただしローカル放送は10月から)。
  • 西表島祖納と与那国島のラジオ第1と第2、および南大東島のラジオ第1の中継局は、FM波による中継局となっている。
  • 沖縄本島と宮古島および南大東島の間は海底光ファイバー回線で結ばれている。
    • 宮古島-伊良部島-多良間島-石垣島の区間は多重無線回線で結ばれている
    • 石垣島のテレビ電波はFM中継局の於茂登岳で石垣・川平各局に分配した上で、川平局から西表島(祖納)と与那国島へ伝送している(民放テレビ局とは別回線)。
  • ラジオ第2は夜間は混信が激しい場合は熊本局873kHz 500kWが受信可能(ただし1125kHzのエリア内は、琉球放送のラジオ中継局があったときはとそれ接しているため聴取困難だった)。

支局・事務所

那覇市内にある局から離れている場所でのニュースの取材などに対応するため、本島中部の沖縄市と北部の名護市の2ヶ所に「支局」がある。また、かつての沖縄放送協会放送局があった先島地区に、報道取材と受信料事務、受信相談を受け持つ事務所を設けている。

支局
  • 沖縄
  • 名護
事務所[13]

沿革

※その後沖縄は米軍統治下に置かれ、米軍放送や民間放送局が発達した。
  • 1967年(昭和42年)10月2日 日本政府とNHKの全面的な支援により沖縄放送協会(OHK)設立。
  • 1967年(昭和42年)12月22日 OHK宮古放送局開局、テレビ放送開始(呼出符号KSDY-TV)。
  • 1967年(昭和42年)12月23日 OHK八重山放送局開局、テレビ放送開始(呼出符号KSGA-TV)。
  • 1968年(昭和43年)12月22日 OHK中央放送局開局、テレビ放送開始(呼出符号KSGB-TV)。
  • 1972年(昭和47年)5月15日 沖縄の本土復帰に伴い、沖縄放送協会をNHKに統合し、NHK沖縄放送局“再開局”。旧OHKテレビを「NHK沖縄(総合)テレビジョン」(本島豊見城局の呼出符号JOAP-TV)に改称。
※本島では新たに教育テレビ(JOAD-TV)放送開始。
※先島地区では、八重山局を宮古局に統合した上で引き続き総合テレビのみで継続(呼出符号JOVQ-TV)。放送内容は総合テレビと教育テレビの混合編成で遅れ放送だった[14]。ニュースはラジオのニュース音声に独自に字幕のついたブルーバック画面で放送した。
  • 1972年(昭和47年)6月25日 本島では沖縄戦による廃局で中断していたラジオ放送がラジオ第1として復活(呼出符号JOAP)するとともに、新たにラジオ第2(呼出符号JOAD)放送開始。宮古島・石垣島にも中継局を開設し、本島と同時放送となった。
  • 1974年(昭和49年)3月24日 本島でFM放送(呼出符号JOAP-FM)開始。ただし、当時の放送回線の都合により、当初放送は全てモノラルだった[15]
  • 1975年(昭和50年)3月31日 テレビ放送がなかった南北大東島で試験放送開始。南大東島に放送試験局(呼出符号JO7D-TV)設置。1日2時間で本島からの空輸によるビデオ放映だった。
  • 同年 海底ケーブル暫定開通により宮古・八重山地域でのテレビのニュースが沖縄本島・本土と同時放送となる(ただし白黒による放送)。
  • 1976年(昭和51年)12月22日 本島⇔宮古島間の海底ケーブルが正式に開通。宮古・八重山地域でのテレビ放送が、沖縄本島と同時放送となる(沖縄宮古放送局は平良テレビ中継局となりJOVQ-TVは廃止)。同時に同地域での教育テレビとFM放送開始。
  • 1977年(昭和52年) 全国のFM放送のローカル送出ステレオ化整備の施策により、ローカル放送のみではあるものの、漸くFMのステレオ放送が開始される。[16]
  • 1984年(昭和59年)
    • 5月12日 放送衛星による衛星試験放送開始で、南北大東島のテレビ放送が同時放送となる。当初はBS 1のみで総合テレビ中心の番組編成で全国放送であるため、沖縄ローカル枠はなかった。
    • 2月24日 FM放送の全国向け放送用のステレオPCMデジタル回線が導入され、全国向けのFM放送番組が漸くステレオ化される。[17]記念番組として、フォークソンググループ「阿呆鳥」のライブ(那覇市牧志「マキシー」イベント広場で行われた公開放送)が生放送された。
  • 1985年(昭和60年)~1986年(昭和61年)の間(期日不明) 総合テレビの音声多重放送開始。
  • 1986年(昭和61年) 沖縄本島北部の名護市屋我地島にラジオ第1の中継局開設。ただし中波による中継局設置はこれが最後となった。
  • 1991年(平成3年)
    • 3月21日 教育テレビの、音声多重放送開始。(未実施区域全国一斉開始)
    • 11月 外国との混信により夜間受信困難だった西表島西部の祖納にFMによるラジオ第1の中継局開設。AMの中継局をFMで放送することは国内初であったが、県内では以後この形が主流となる。
  • 1995年(平成7年)2月 久米島のテレビ中継局をVHFからUHFへ変更。旧チャンネルが東京タワー局と同じchであることによるEスポ障害を改善するためであった。[18]
  • 1998年(平成10年)4月1日 南北大東島で通信衛星波中継により地上波(総合・教育)テレビ放送開始(東京本局のものを放送)。
  • 1998年(平成10年)10月 西表島~与那国島へのテレビ伝送波が放送波中継からSHF回線中継に切り替わり、与那国局のテレビ放送はVHFからUHFに変更、祖納局のテレビ放送の出力は100Wから30Wに減力。
  • 2003年(平成15年)10月 西表島祖納にラジオ第2、与那国島にラジオ第1と第2の中継局がFMによる放送で開設。ラジオ第2の中継局設置自体が沖縄の本土復帰による3局整備以来31年ぶりであった。
  • 2006年(平成18年)2月6日 デジタル総合テレビ、本放送開始に向けサイマル放送(試験放送)開始。
  • 2006年(平成18年)3月6日 那覇市おもろまちに建設した新放送会館への移転完了。同時に、地上デジタル放送対応のマスター更新。なお、移転前から既に那覇市内にあった営業部門は既に建物完成後に先行して移転していた。
  • 2006年(平成18年)4月1日 豊見城本局で地上デジタル12セグ放送(総合・教育)、ワンセグ放送開始。
※ワンセグは当初福岡局のものをそのまま放送し、沖縄局独自放送に切り替えた時期は北九州局がデジタル放送を開始した半年後の10月1日であった。
  • 2007年(平成19年)4月1日 南大東島に沖縄局のラジオ第1中継局がFMによる放送で開設された(伝送方法は通信衛星が使われた)。
  • 2011年(平成23年)7月22日 本島⇔南大東島間の海底光ケーブルが開通。南北大東島で沖縄局の地上デジタルテレビ放送中継局が開局し、沖縄本島と同時放送となる。
  • 2011年(平成23年)7月24日 この日の正午をもってアナログ放送を終了。翌日(7月25日)午前0時までに完全停波。
  • 2012年(平成24年)3月1日 FM放送の石垣中継局を石垣市真栄里(於茂登岳)からデジタルテレビ中継局が置かれている石垣市大川(バンナ岳)に移転するとともに、多良間中継局及び川平中継局を開局。

主な沖縄局制作番組

総合テレビ

  • NHKニュース おはよう沖縄(平日 7:45 - 8:00[19]
  • 沖縄ちゅらTV(平日 11:45 - 12:00)
  • おきなわHOTeye(平日 18:10 - 18:58:55)
  • ニュース845沖縄(平日 20:45 - 21:00)
  • きんくる 〜沖縄金曜クルーズ〜(不定期金曜日 19:30 - 19:55、内容により20時台まで)
  • 台風情報おきなわ(台風接近時に空き時間に随時放送)
  • 沖縄の歌と踊り(不定期金曜日 19:30 - 19:55、再放送:土曜日 10:55 - 11:22)
    • 現在はスペシャルとして月1回程度放送であるが、かつては毎週1回30分間の放送。再放送は『いちおし!九州沖縄』を差し替えして毎週放送。前身の沖縄放送協会時代から続いており、情報番組以外のNHKの地域ローカル番組としては数少ない老舗番組の一つ。夏の旧盆特番では総合テレビが編成上の都合で放送できない場合、Eテレで放送することもある。

Eテレ

※『にほんごであそぼ』の沖縄県版で全国で唯一Eテレでの地域向け放送を実施している。総合テレビでも放送(金曜日 23:40 - 23:45)。

ラジオ第1

※2007年4月放送開始。沖縄局制作としては初のレギュラー全国放送番組。

FM放送

過去の番組

総合テレビ
FM放送

アナウンサー・キャスター

  • 氏名の後の*は、過去に沖縄局勤務経験があるアナウンサー。
氏名 前任地 担当番組
アナウンサー
細田史雄*岡山沖縄県のニュース
放送部副部長
池間昌人青森おきなわHOTeye
(キャスター)
竜田理史初任地沖縄県のニュース
きんくる 〜沖縄金曜クルーズ〜
荒木さくら沖縄県のニュース
寺内皓大
堀越将伸東京アナウンス室
土橋大記*山形
契約キャスター
丹部あゆみ沖縄ちゅらTV
仲本奈鶴季
内原早紀子おきなわHOTeye
(キャスター)
田中美音
上田詩織
渋谷遥華おはよう沖縄
気象予報士
結野亜希おきなわHOTeye

お天気カメラの主な設置場所

本島
那覇市(おもろまちの放送会館、前島の那覇営業部があったビルの屋上[20]那覇空港)、北谷町沖縄市恩納村
先島
宮古島市石垣市

その他

  • 沖縄県内(当放送局管内)には、現在NHK単独のテレビ中継局は存在しない。[21]
  • 太平洋戦争で沖縄での組織的戦闘が事実上終了した6月23日の「慰霊の日」に併せて、沖縄戦を後世に語り継いでいくための講演会や当事者の手記を当局アナウンサー・キャスターが朗読する会「朗読シアター」が行われていた[22]。この企画は、2013年以降は実施されていない。
  • 2018年4月からは、テレビ(総合テレビ)・ラジオ(ラジオ第1・FM放送)ともに土日・祝日・年末年始のローカルニュース・気象情報などは、台風などの緊急時、日曜日については県政・国政選挙の開票特番を除き、福岡放送局から終日九州・沖縄ブロック放送に変更された。

脚注

  1. 復帰特措法においては、現在の沖縄県は第3条の規定により戦前の沖縄県から続いていることになっている。
  2. 戦前の一時期、那覇放送局として開設準備が進められていた。なお、地上デジタル放送のトランスポンダストリーム名は「NHK総合・那覇」・「NHK教育・那覇」となっている。また、このためauのワンセグ携帯の一部では「NHK那覇」と表示する機種がある。
  3. 東京都の代表校が出場した場合も同文。これは小笠原諸島のテレビ中継所が開設されてから地上波中継が開始される1996年まではBS以外受信することが事実上できなかったことによる名残り
  4. 2007年のデジタル局開局から親局と同じ17chだったが、鹿児島・徳之島中継局などとの混信により2014年からアナログ時に使われたチャンネルに変更された。
  5. 2007年のデジタル局開局から親局と同じ13chだったが、総合テレビと同じ理由で2014年からアナログ時に使われたチャンネルに変更された。
  6. 1995年までVHF3chだったが、スポラディックE層による難視聴解消のためUHFへ移行した。
  7. 1995年までVHF1chだったが、スポラディックE層による難視聴解消のためUHFへ移行した。
  8. 与那国島への放送波中継を行っていた頃は100W
  9. 西表島からの放送波中継だった頃は10ch(US12ch)。
  10. 西表島からの放送波中継だった頃は12ch。
  11. 最大実効輻射電力9.5kW。
  12. 石垣島へ放送波中継するため親局と同じ出力で放送。
  13. NHKの番組内では宮古島支局・八重山支局と呼ばれテロップもそのように表示される。
  14. 大相撲高校野球は1日遅れ、大晦日の紅白歌合戦は元日に放送されていた。
  15. 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修室 『NHK年鑑'74』 日本放送出版協会、1974年、168頁。
  16. 雑誌「FMfan」の1981年臨時増刊号等に記載。同時に、沖縄と同様、今まで全てモノラル放送だった、奄美群島内の同放送も、沖縄放送局からの放送波中継に変更することにより、同時にステレオ放送を開始することができた。
  17. 沖縄のFM放送を放送波中継している奄美群島のFM放送も同時。尚、奄美群島のそれは、名瀬中継局に、NHK鹿児島放送局からの光ファイバーを介した中継回線が導入されるまで、沖縄のそれを放送波中継する施策が取られた。
  18. ちなみに、琉球放送テレビは4chであったため、これ以後も変更されず、2011年7月24日のアナログ放送終了まで沖縄県内唯一のVHF波によるテレビ中継局となっていた。
  19. ただし、沖縄ローカルのパートは7:55までで、末尾5分間は福岡から『おはよう九州沖縄 気象情報』を同時ネットしている。
  20. 主に泊港を映していた。
  21. 本島地方では1984年3月17日まで、先島地方では1993年12月15日までそれぞれNHK単独の中継局が存在した。
  22. ラジオ深夜便2011年6月30日深夜(7月1日未明)1時の放送より。

外部リンク

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