黒川幹太郎

黒川 幹太郎(くろかわ かんたろう、1872年9月1日(明治5年7月29日[1])- 1930年昭和5年)10月27日[1][2])は、明治から昭和期の農林技官政治家華族貴族院男爵議員

略歴

陸軍省出仕・黒川通軌の長男として生まれる[1][3][4]。父の死去に伴い、1903年3月28日に男爵を襲爵した[1][3][5]

1899年東京帝国大学農科大学林学科実科を卒業した[2][3][4]1902年、営林技手に就任[2]。その後、帝室林野管理局技師、同東京支局東京出張所長などを務めた[2][3]

1918年7月、貴族院男爵議員に選出され[6]公正会に所属して活動し、死去するまで二期在任した[2]

栄典

親族

  • 妻:カツヤ(琴陵宥常三女、1891年9月結婚)[1][4]
  • 養子:秀雄(1910-1937、男爵、陸軍歩兵中尉、黒川通幸長男、死後襲爵手続きを行わなかった)[1]

脚注

  1. 『平成新修旧華族家系大成』上巻、559頁。
  2. 『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』70頁。
  3. 『人事興信録』第8版、ク67-68頁。
  4. 『華族畫報』上、392頁。
  5. 『官報』第5919号、明治36年3月30日。
  6. 『官報』第1788号、大正7年7月18日。
  7. 『官報』第162号「叙任及辞令」1927年7月14日。

参考文献

  • 杉謙二編『華族畫報』上、吉川弘文館、2011年(華族画報社大正2年刊の複製)。
  • 霞会館華族家系大成編輯委員会『平成新修旧華族家系大成』上巻、霞会館、1996年。
  • 衆議院・参議院編『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。
  • 人事興信所編『人事興信録』第8版、1928年。
日本の爵位
先代:
黒川通軌
男爵
黒川(通軌)家第2代
1903年 - 1930年
次代:
黒川秀雄
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