高木 (さいたま市)

高木(たかぎ)は、埼玉県さいたま市西区大字郵便番号は331-0071[2]。本項では、高木の前身である木之下村(きのしたむら)、阿弥陀寺村(あみだじむら)、北野貝戸村(きたのかいとむら)、法願寺村(ほうがんじむら)についても述べる。

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高木
高木
高木の位置
北緯35度55分26.47秒 東経139度33分50.26秒
日本
都道府県 埼玉県
市町村 さいたま市
西区
人口
2019年(令和元年)11月1日時点)[1]
  合計 2,844人
等時帯 UTC+9 (日本標準時)
郵便番号
331-0071[2]
市外局番 048[3]
ナンバープレート 大宮

地理

さいたま市西区北東部の南北に細長い大宮台地上に概ね位置する。北端は浅間川が流れ、北東から南西に長い区域を有していたが、大宮西部特定土地区画整理事業により区域の中央部が西大宮となったことで南北に分裂している。地区の北部は清河寺・西大宮・中釘上尾市堤崎に隣接し、南部は西大宮・指扇指扇領別所平方領々家・中釘に隣接する。町域の西端は指扇駅から北に500 mほどの距離にある。西の境界は中釘川が、東の境界は滝沼川が流れる。

荒川の河川区域内である川越市と西区との市境付近に大小五ヶ所の飛び地が存在する。これはかつて指扇領内の村々が領有していた入会秣場(草地)などの名残である。 地内は全域が市街化調整区域であり[4]、土地利用として全体的には耕作地の多い農業地域である。南部では高木団地や指扇団地などのまとまった住宅地も見られる。飛地は主にゴルフ場や公園として利用されている。

歴史

もとは明治初期より存在した高木村であった。さらに古くは江戸期より存在した指扇領の木之下村・阿弥陀寺村・北野貝戸村・法願寺村に当たる地域であり、これらの村々は1875年(明治8年)の合併により消滅した。

木之下村

江戸期は武蔵国足立郡指扇領に属する木之下村(きのしたむら)で、古くは高鼻荘に属していたと云われている[5]。木之下村は『武蔵国田園簿』では「木ノ下村」とも記される。村高は正保年間の『武蔵国田園簿』では351石余(田146石余、畑204石余、野銭永683文)、『元禄郷帳』では301石余、『天保郷帳』では320石余であった。助郷は中山道上尾宿に出役していたが、正徳安永年間は日光御成街道大門宿にも出役していた。化政期の世帯数は33軒で、村の規模は東西7余、南北30町であった。村域は高木村の最北部に当たり、木之下村の飛地が最西部に分れていた[6]。地名は小城跡があるところに多く見られる「キ」が用いられている。荒川に流作場を領していた。

阿弥陀寺村

江戸期は武蔵国足立郡指扇領に属する阿弥陀寺村(あみだじむら)であった[7]。村高は正保年間の『武蔵国田園簿』では128石余(田41石余、畑87石余、野銭永48文)、『元禄郷帳』では88石余で以降増減なし。助郷は中山道上尾宿に出役していた。化政期の世帯数は16軒で、村の規模は東西1町半、南北1町半であった。村域は高木村の中央部(木之下村の南側、北野貝戸村の東側)に当たる[6]。地名の起源は阿弥陀寺が当地に建立されていたことから。その阿弥陀寺は火災で焼失し、寺記を失っている。阿弥陀寺そのものは現存する。荒川に入会秣場(入会地)を領していた[7]

  • 1590年(天正18年)より知行は旗本三宅氏[7]
  • 1596年(慶長元年)より幕府領となる。1623年(元和9年)は旗本山内氏[7]
  • 1689年(元禄2年)は再び幕府領、1705年(宝永2年)より知行は旗本戸田氏[7]。検地は1694年(元禄7年)、1744年(延享元年)に実施。
  • 1828年(文政11年)より上尾宿寄場66か村組合に所属していた[7]
  • 1871年(明治4年)11月13日 - 埼玉県の管轄となる。

北野貝戸村

江戸期は武蔵国足立郡指扇領に属する北野貝戸村(きたのかいとむら)で、古くは高鼻荘に属していたと云われている[8]。村高は正保年間の『武蔵国田園簿』では84石余(田49石余、畑35石余、野銭永199文)、『元禄郷帳』では75石余、『天保郷帳』では82石余であった。助郷は中山道上尾宿に出役していた。化政期の世帯数は15軒で、村の規模は東西4町、南北4町であった。村域は高木村の中央部(木之下村の南側、阿弥陀寺村の西側、法願寺村および木之下村の飛地の北側)に当たる[6]。地名の起源は不明。荒川に下谷原入会地を領していた[8]

  • 1590年(天正18年)より知行は旗本三宅氏[8]
  • 1596年(慶長元年)より幕府領となる。1623年(元和9年)より知行は旗本山内氏[8]
  • 1689年(元禄2年)は再び幕府領、1706年(宝永3年)より知行は山中氏[8]。検地は1694年(元禄7年)、入会地の検地は1744年(延享元年)にそれぞれ実施。
  • 1828年(文政11年)より上尾宿寄場66か村組合に所属していた[8]
  • 1871年(明治4年)11月13日 - 埼玉県の管轄となる。

法願寺村

江戸期は足立郡指扇領に属する法願寺村(ほうがんじむら)であった[9]。法眼寺村とも称された。村高は正保年間の『武蔵国田園簿』では27石余(田18石余、畑8石余、野銭永199文)、『元禄郷帳』では22石余、『天保郷帳』では20石余であった。助郷は中山道上尾宿に出役していた。化政期の世帯数は4軒で、村の規模は東西2町、南北1町余であった。村域は高木村の南東部(木之下村の飛地の東側、北野貝戸村の南側、福田陣屋跡周辺)に当たる[6]。地名の起源は定かではないが、当地にが建立されていたと云われていたことに因む。なお今日の日蓮宗法光寺およびその地蔵堂の旧称は法願寺であるが[10]、当村との関係は不明[11]

  • 1590年(天正18年)より知行は旗本三宅氏[9]
  • 1596年(慶長元年)より幕府領となる。1623年(元和9年)より知行は旗本山内氏[9]
  • 1689年(元禄2年)は再び幕府領[9]。検地は1694年(元禄7年)に実施。
  • 1828年(文政11年)より上尾宿寄場66か村組合に所属していた[9]
  • 1871年(明治4年)11月13日 - 埼玉県の管轄となる。

高木村の成立以降

高木村に存在していた小字

  • 北谷[22]
  • 東浦
  • 天神
  • 志津下
  • 氷川
  • 道下
  • 葭谷(よしや)
  • 亀田
  • 金子

世帯数と人口

2017年(平成29年)9月1日時点の世帯数と人口は以下の通りである[1]

大字世帯数人口
高木 1,546世帯 3,627人

小・中学校の学区

市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[23]

番地小学校中学校
1番地 - 27番地1、31番地2、32 - 36番地1、37番地2
42番地 - 42番地1、43 - 58番地、59番地2、60番地1
61番地 - 123番地1、126番地、262番地、288 - 295番地
349番地 - 71番地1、372番地 - 397番地1、398番地1
402番地2、403番地1、404番地1、405 - 406番地1
407 - 413番地、421 - 430番地
さいたま市立指扇小学校さいたま市立指扇中学校
その他さいたま市立指扇北小学校

交通

鉄道

道路

寺社・史跡

西大宮成立前は地内に「法光寺」や「阿弥陀寺」、「福田稲荷神社」なども所在した。

  • 観音寺
  • 氷川神社
  • 淡島神社

公園・緑地

西大宮成立前は地内に「福田稲荷ふるさとの森」(福田陣屋跡)なども所在した。

  • 指扇団地公園
  • 高木天神公園
  • 高木天神西公園
  • ハイマート大宮公園
  • 宝来運動公園(一部) - 飛び地に所在

施設

オレンジキューブ
  • 高木第二最終処分場
  • さいたま市立指扇北小学校(一部)
  • ファインモータースクール指扇(一部)
  • さつき幼稚園
  • 指扇保育園
  • ハイマート大宮自治会館
  • 天神自治会館
  • 高木団地自治会館
  • 高木木ノ下自治会館
  • 大宮国際カントリークラブ - 飛び地に所在

脚注

  1. さいたま市の人口・世帯(時系列結果)”. さいたま市 (2017年9月5日). 2017年9月20日閲覧。
  2. 郵便番号”. 日本郵便. 2017年9月18日閲覧。
  3. 市外局番の一覧”. 総務省. 2017年5月29日閲覧。
  4. 外部リンク節の『さいたま市地図情報』を参照。
  5. 『角川日本地名大辞典 11 埼玉県』321頁。
  6. 『大宮のむかしといま』61頁。
  7. 『角川日本地名大辞典 11 埼玉県』81頁。
  8. 『角川日本地名大辞典 11 埼玉県』316頁。
  9. 『角川日本地名大辞典 11 埼玉県』768頁。
  10. 『角川日本地名大辞典 11 埼玉県』959頁。
  11. 遷座の可能性も考えられるが、法光寺の立地場所と南東端に位置する旧法願寺村の村域が異なるため。
  12. 『大宮のむかしといま』資料7頁。
  13. 『大宮のむかしといま』171頁。
  14. 『角川日本地名大辞典 11 埼玉県』528頁。
  15. 『大宮のむかしといま』資料-30頁。
  16. 『大宮のむかしといま』資料-29頁。
  17. さいたま市土地区画整理事業一覧表 (PDF) - さいたま市
  18. クラブハウスコンセプト・施設概要 - 大宮アルディージャ.2019年7月23日閲覧。
  19. さいたま市/西区 大宮西部地区の町名地番変更について”. www.city.saitama.jp. 2020年9月21日閲覧。
  20. 大宮西部地区 旧新地番対照表(区画整理地区内) (PDF) - さいたま市
  21. 大宮西部地区 旧新地番対照表(区画整理地区外) (PDF) - さいたま市
  22. 『角川日本地名大辞典 11 埼玉県』1388-1389頁。
  23. さいたま市立小・中学校通学区域一覧”. さいたま市 (2017年8月23日). 2017年9月20日閲覧。

参考文献

  • 「角川日本地名大辞典」編纂委員会『角川日本地名大辞典 11 埼玉県』角川書店、1980年7月8日。ISBN 4040011104。
  • 『大宮のむかしといま』大宮市、1980年11月3日。全国書誌番号:81007009NCID BN03449939

関連項目

外部リンク

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