韓国系アメリカ人

韓国系アメリカ人(かんこくけいアメリカじん、英語: Korean American朝鮮語한국계 미국인韓國系美國人)は、アメリカ合衆国の市民のうち、朝鮮半島に起源を持つ人々のこと。

韓国系アメリカ人
한국계 미국인
Korean American

総人口
2,492,252
アメリカ合衆国の総人口の0.6% (2017)[1]
居住地域
アメリカ西海岸シカゴワシントン・ディーシーニュージャージーアトランタフィラデルフィアニューヨーク都市圏ハワイ州
言語
アメリカ英語韓国語
宗教
キリスト教プロテスタント)、仏教

    アジア系アメリカ人の中では中国系アメリカ人フィリピン系アメリカ人、インド系アメリカ人、ベトナム系アメリカ人に次いで五番目に大きい下位民族集団である。国籍が大韓民国であるアメリカ在住者は「在米韓国人」或いは「在米僑胞(同胞)」という。

    現状

    2010年の米国国勢調査では、韓国系アメリカ人は約170万人で米国総人口の約0.6%を構成している。米国は在外韓国人と朝鮮民族が1番多い国であり、中華人民共和国は米国に続き在外韓国人が2番目に多い国となっている。2010年の韓国系アメリカ人の州ごとの人口と総人口に対する比率の上位州は、カリフォルニア州(452000人、1.2%)、 ニューヨーク州(141000人、0.7%)、ニュージャージー州(94,000人、1.1%)、バージニア州(71000人、0.9%)、テキサス州(68000人、0.3%)、ワシントン州(62400人、0.9%)、イリノイ州(61500人、0.5%)、ジョージア州(52,500人、0.5%)、メリーランド州(49000人、0.8%)、ペンシルベニア州(41000人、0.3%)、ハワイ州(23,200人、1.8%)である。

    移民の波は1980年代から爆発的に始まり現在も続いており、年約2万人近くが移民している。韓国は現在アメリカ移民の出身国9位であり北米地域を除くとインド、中国、フィリピンに次いで多い。冷戦体制の崩壊や韓国の経済成長により、1980年代から1990年代にかけて子弟に早期英語教育を受けさせるために移民する「教育移民」が増加していたが、近年は英語の塾の氾濫や経済危機・家計の不況が続くことから減少している。

    歴史

    第1期

    朝鮮と米国の外交関係は1882年米朝修好通商条約(翌年批准)によって開始され、1903年1月13日には朝鮮からの最初の移民103人がハワイ州に到着した。第1期のハワイ移民は韓国内の米国系キリスト教会によって組織されたため、クリスチャンが多く、日系人同様、大部分は砂糖キビ農園で働いた。しかし、1905年日本大韓帝国の外交権を掌握すると、米国への移民は規制され、集団移民は停止した。この時期に約7千人がハワイへ移住し、大部分は男性労働者であった。このため、1924年までの間に約1,000人の女性が写真花嫁(ピクチャー・ブライド)として米国へ渡航した[2]

    1904年から1907年にかけて約1,000人の韓国人がハワイからサンフランシスコに渡り、移民の波は米本土に広がった。1909年にはサンフランシスコで最初の韓国人政治組織である韓人協会が設立され、のちに日本の支配に対する抵抗を訴えるに至った。

    第2期

    朝鮮戦争終結から第2期の移民の波が始まる。1952年移民国籍法では韓国に対して年間100人の移民枠が割り当てられた。1953年から1963年にかけての第2期の移民は米軍人と結婚した韓国人女性や養子として引き取られた戦争孤児であった。この時期に養子として海を渡った者は約5000人、米国軍人の配偶者の場合は約6000人と推定されている。ただ、軍人の妻にしても養子にしても最初からアメリカ人の被扶養者として入国するので、移民として扱われず、正確な統計は掴めない。

    第3期

    1965年の米国移民法改正によって韓国移民が米国に入りやすくなった現在までが第3期である。移民法改正後、米国はベトナム戦争に協力した韓国を同盟国として扱い、比較的大きな移民枠を設けた。1965年の韓国系アメリカ人数は約2.5万人であった。この時期の移民は経済的理由だけでなく、北朝鮮との戦争の危険や国内の軍事独裁政権を避け移民する者も多かった。このため、韓国人移民は単身労働者ではなく、本国で貯蓄したある程度の資金をもって家族ぐるみで渡航する傾向が見られる。米国各地にコリア・タウンが形成され、"パパママショップ"と呼ばれる低所得者向けの個人商店や、クリーニング屋に従事する者が多い。1965年2.5万人であった移民人口は1970年には5万人、1980年には35.7万人、1990年には70万人と膨れ上がった。とりわけ1980年代に約35万人が韓国から米国に渡っている。

    主要事件

    ロス暴動

    米国に渡った韓国系アメリカ人は競合の少ない黒人街の貧困地域で商売を始めたが、黒人を差別し、従業員には黒人ではなくヒスパニック系を雇用し、閉店後は韓国人街へ帰るスタイルから、黒人の地元住民に「自分達を差別しながら自分達から儲けている連中」とイメージされており、更にラターシャ・ハーリンズ射殺事件報道がロス暴動時の韓国人商店襲撃へと結びついたと考えられている両者の間に感情的対立・衝突があった事はアイス・キューブの "BLACK KOREA" や映画 The L.A. Riot Spectacular、あるいはドラマ『LOST』などからも窺える

    1992年4月29日ロサンゼルスダウンタウンで起きた暴動(ロス暴動)において放火や略奪が横行し、五日間で死者55人、負傷者は約2千人、3600件以上の放火により千百以上の建物が炎上または崩壊した。韓国系が2200件以上の被害件数、死者1名、総被害額は半分にあたる3億4千万ドルを数えるなど、韓国系商店の占める割合が高かったのは、上記の理由によるものと推察されている。武装強盗に対して拳銃で自己防衛に出る韓国系住民の映像がテレビ放映されるなど、韓国系アメリカ人の存在は大きくクローズアップされた。もっとも、暴動の被害者は韓国系住民だけではなく、同じく貧困地帯で商売していたヒスパニックやインド系住民も含まれ、加害者側も黒人・ヒスパニックばかりではなくアジア系の移民も参加していた。逮捕者における割合は黒人30%(主に放火、電化製品の強奪)、ラテン系51%(主に食品や生活必需品の強奪)である。米国社会の人種間の軋轢が、従来の「白人vs有色人種」というお決まりの構図に留まらず、有色人種同士の中にも存在することを浮き彫りにする結果となった。

    市民運動

    全米各地で、「日本海」を韓国の主張する「東海」呼称を併記・改称を要求する「東海」併記運動や、日本軍によって韓国の少女たちが慰安婦として強制連行されたことを主張する慰安婦の碑・慰安婦像の設置運動を展開している。

    また、アメリカ国道60号線のロサンゼルスから40あたりに2010年1月25日から2ヶ月間頃、「独島は韓国の領土」と英語で書かれた看板が設置されていた。これは、インダストリーで韓国系アメリカ人の実業家運営する韓国式サウナが広告主となっている[3]

    信仰

    韓国系アメリカ人の大多数がプロテスタント教会に所属している。そのうち約半数が長老派教会、約1/4がメソジスト派教会、残りの約1/4がその他の諸派である。

    著名人

    著名な韓国系アメリカ人としては、韓国系アメリカ人として初めて米国議会に当選したジェイ・キム、連邦控訴院裁判官を勤めたハーバート・チョイ、ダートマス大学学長を務めた医学者で第12代世界銀行総裁に就任したジム・ヨン・キム、ヘミングウェイ賞受賞作家のチャンネ・リーなどが挙げられる。ほか、韓国歌手としても活躍するリナ・パーク、俳優のダニエル・ヘニーリンキン・パークジョー・ハーンやゴルファーのミシェル・ウィー、アメフト選手のハインズ・ウォード、モデルのシャネル・イマン、プロ野球選手のターメル・スレッジなどが著名。

    その他

    脚注

    1. Race Reporting for the Asian Population by Selected Categories: 2010”. U.S. Census Bureau. 2012年1月17日閲覧。
    2. Korean picture brides of 20th century (英語). www.koreaherald.com. The Korea Herald (2010年4月5日). 2019年8月12日閲覧。
    3. アメリカの高速道路に『独島は韓国の土地』と記された広告看板”. ロケットニュース24 (2010年1月31日). 2019年6月16日閲覧。

    関連項目

    外部リンク

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