青蓮寺 (大阪市)

歴史

聖徳太子が鴫野の地に創建した法案寺が起源とされる。

豊臣秀吉大坂城築城に際し、現在の生國魂神社の地に移り、生玉十坊と称され習合していたが、明治元年(1868年)の神仏別離令により、法案寺は分散した。

その後、十坊のうち遍照院と医王院の二院を合して、茶臼山にあった青蓮寺の寺号を移して現在地に再建された[1]

交通

周辺

脚注

  1. 青蓮寺(大阪市天王寺区)”. 大阪再発見!. 2019年7月6日閲覧。

参考文献

  • 大阪歴史文化研究会『大阪 御朱印を求めて歩く 札所めぐりルートガイド』メイツ、2016年5月。ISBN 978-4-7804-1754-8。

外部リンク

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