金海市

金海市(きんかいし/キメし)は大韓民国慶尚南道沿海部の市。釜山広域市と道庁所在地昌原市の間に位置する。市のスローガンは「Gimhae for you」。 区を持たない特定市である。

慶尚南道 金海市
首露王陵の墳丘
位置
各種表記
ハングル: 김해시
漢字: 金海市
片仮名転写: キメ=シ
ローマ字転写 (RR): Gimhae-si
統計
面積: 463.3 km2
総人口: 542,455 人
行政
国:  大韓民国
上位自治体: 慶尚南道
下位行政区画: 1邑6面12行政洞
行政区域分類コード: 38070
金海市の木: イチョウ
金海市の花: ウメ
金海市の鳥: カササギ
自治体公式サイト: 金海市
金海市庁

概要

古代の駕洛国(金官伽耶)の故地であり、韓国最大の宗族・金海金氏本貫発祥地でもある。

茶道などに使う茶碗も産しており、金海地域で焼かれた茶碗は日本語読みで「きんかい」と読む(この場合の朝鮮語表記は긴까이〈キンッカイ〉である)。

2010年10月に人口が50万人を突破し、2017年4月末時点の人口は53万121人[1]昌原市に次いで慶尚南道で2番目に人口が多い都市である。市庁は府院洞に置かれ、1612行政洞を管轄している。

金海国際空港1976年の開港時には金海郡(金海市の前身の一つ)にあったが、1978年に釜山直轄市(現:釜山広域市)に編入されているため、現在同空港は金海市には存在しない。

歴史

古代

後に狗邪韓国(金官国)そして任那となる地域は、弥生時代中期(前4、3世紀)に入り従来の土器とは様式の全く異なる弥生土器が急増し始めるが、これは後の任那に繋がる地域へ倭人が進出した結果と見られる[2]

任那について倭が新羅や百済を臣民とした等と書かれている、広開土王碑日本軍改竄説が否定され、またいくつもの日本固有の前方後円墳が朝鮮半島南部で発見され始めたことなどから、近年ヤマト朝廷そのもの或いは深い関連を持つ集団によるこの地域の統治権、軍事統括権および徴税権の存在について認める様々な見解が発表されている。

金海市

  • 1981年7月1日 - 金海郡金海邑が金海市に昇格。
  • 1995年5月10日 - 金海市・金海郡が合併し、金海市が発足(1邑7面)。
  • 2013年7月1日 - 長有面を3つの行政洞(長有1洞・2洞・3洞)に分割。洞移行時、長有面の人口は13万4481人で、当時の釜山広域市江西区の人口の約1.98倍に達した。[3](1邑6面)

金海郡

  • 42年 - 駕洛国(金官伽耶)建国。
  • 532年 - 新羅に併合され、金官郡となる。
  • 685年 - 統一新羅、金官小京を設置(全国九州五小京の一つ)。
  • 756年 - 金海小京に変更。
  • 971年 - 高麗、金海府設置、後に臨海や金州、安東や金海県になる。
  • 1413年 - 李氏朝鮮、金海都護府を設置。
  • 1895年6月23日(旧暦閏5月1日) - 晋州府金海郡に変更。[4]
  • 1896年8月4日 - 慶尚南道金海郡に変更。[5]
  • 1906年
    • 大山面昌原府に編入。[6]
    • 梁山郡大上面・大下面が金海郡に編入。[7]
  • 1914年4月1日 - 郡面併合により、生林面の一部が密陽郡に編入。金海郡に以下の面が成立。(14面)
    • 左部面・右部面・長有面・下界面・二北面・生林面・上東面・下東面・酒村面・進礼面・駕洛面・大渚面・鳴旨面・菉山面
  • 1918年7月1日 - 左部面・右部面が合併し、金海面を設置。(13面)
  • 1928年4月1日 - 下界面が進永面に改称。[8](13面)
  • 1931年11月1日 - 金海面が金海邑に昇格。[9](1邑12面)
  • 1942年10月1日 - 進永面が進永邑に昇格。[10](2邑11面)
  • 1943年1月18日 - 駕洛面食満里の一部が金海邑に編入。[11](2邑11面)
  • 1944年10月1日 - 下東面が大東面に改称。(2邑11面)
  • 1973年7月1日 - 大渚面が大渚邑に昇格。[12](3邑10面)
  • 1978年2月15日(2邑9面)[13]
    • 大渚邑および駕洛面の一部・鳴旨面の大部分が釜山直轄市北区に編入。
    • 鳴旨面新湖里が菉山面に編入。
  • 1981年7月1日 - 金海邑が金海市に昇格して郡より離脱。[14](1邑9面)
  • 1983年2月15日 - 生林面の一部が二北面に編入。(1邑9面)
  • 1987年1月1日 - 二北面が翰林面に改称。(1邑9面)
  • 1989年1月1日 - 駕洛面・菉山面を新設の釜山直轄市江西区に編入。[15][16](1邑7面)
  • 1995年5月10日 - 金海郡が金海市と合併し、金海市が発足。金海郡消滅。[17]

人口動態

中心部のほか、市西部、北西部の進永邑に人口が集中している。 1996年に286,805人だった人口が、2001年に353,768人、2006年に453,728人と増加していき、前述のとおり2010年に50万人を突破(503,348人)した。

行政

行政区域

行政洞・邑・面法定洞・法定里
東上洞東上洞
会峴洞鳳凰洞、西上洞
府院洞府院洞
内外洞内洞、外洞
北部洞亀山洞、大成洞、三渓洞
七山西部洞豊留洞、明法洞、二洞、花木洞、興洞、田下洞、江洞
活川洞三政洞、漁防洞
三安洞三芳洞、安洞
仏岩洞仏岩洞、池内洞
長有1洞柳下洞、内徳洞、釜谷洞、茂渓洞、新文洞
長有2洞三文洞、大清洞
長有3洞官洞洞、栗下洞、長有洞、応達洞、水佳洞
進永邑内龍里、芳洞里、本山里、雪倉里、舎山里、新龍里、餘莱里、牛洞里、蟻田里、佐昆里、竹谷里、進永里、荷渓里
翰林面明洞里、退来里、屏洞里、新泉里、龍徳里、安谷里、安下里、長方里、匙山里、佳洞里、佳山里、金谷里
生林面羅田里、都要里、馬沙里、鳳林里、沙村里、生林里、生鉄里、安養里
上東面甘露里、大甘里、梅里、墨方里、余次里、右渓里
大東面槐井里、大甘里、徳山里、水安里、礼安里、月村里、鳥訥里、酒同里、酒中里、草亭里
酒村面農所里、元支里、徳岩里、泉谷里、良洞里、内三里、仙池里、望徳里
進礼面晴川里、詩礼里、松亭里、棗田里、新安里、新月里、山本里、松峴里、淡安里、古慕里

警察

消防

教育

図書館

(特記外は市立)

  • 金海図書館(慶尚南道教育庁が運営)
  • 進永図書館(慶尚南道金海教育支援庁が運営)
  • 七岩図書館
  • ファジョンクルセム図書館
  • 長有図書館
  • 進営ハンビッ図書館
  • 金海奇跡の図書館

観光地

  • 金海市の代表的な観光地は首露王陵
  • 他に金海天文台長有渓谷等がある。

特産品

出身著名人

交通

鉄道

韓国鉄道公社(KORAIL)
釜山-金海軽電鉄
  • 釜山-金海軽電鉄

バス

高速道路

  • 南海高速道路(10号線)
    • 進永サービスエリア - 進礼インターチェンジ - 冷井ジャンクション - 西金海インターチェンジ - 東金海インターチェンジ
  • 南海高速道路第二支線(104号線)
    • 冷井ジャンクション - 長有サービスエリア(釜山方向のみ) - 長有インターチェンジ

航空

金海国際空港は、釜山広域市に属するが金海市内からのアクセスも良好である。

姉妹都市・友好都市

脚注

  1. 김해현황 - 인구와 세대 김해시 홈페이지, 2017년 5월 7일 확인.
  2. 『朝鮮半島出土弥生系土器から復元する日韓交渉』東京大学考古学研究室研究紀要. 第25号, 2011年3月, pp.65-96
  3. 김해 장유면 3개 분동 시의회 통과…행정절차 완료 CBS노컷뉴스, 2012.9.17.
  4. 勅令第98号 地方制度改正件
  5. 勅令第36号 地方制度官制改正件(1896年8月4日
  6. 勅令第49号 지방구역 정리 건
  7. 釜山江西区大渚1洞・2洞は1906年まで現在の釜山北区の区域とともに梁山郡に所属し、1906年に大上面(現・大渚1洞)と大下面(現・大渚2洞)は金海郡に、左耳面(現・釜山北区)は東莱郡に編入された。
  8. 慶尚南道令第2号(1928年1月28日
  9. 朝鮮総督府令第132号(1931年10月20日
  10. 朝鮮総督府令第243号(1942年9月30日
  11. 朝鮮総督府令第7号(1943年1月18日
  12. 大統領令第6543号 邑設置に関する規定(1973年3月12日
  13. 法律第3014号 亀尾市設置及び釜山市・慶尚南道間の管轄区域調整に関する法律(1977年12月19日)
  14. 法律第3425号 광명시등시설치와군관할구역변경에관한법률(1981年4月13日
  15. 釜山直轄市北区のうち、1978年に金海郡から編入された部分)と合併
  16. 法律第4051号 부산직할시강서구설치및시·도의관할구역변경에관한법률(1988年12月31日
  17. 法律第4948号 경기도평택시와 5개도농복합형태의시설치등에관한법률(1995年5月10日

外部リンク

This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.