国姓 己姓
爵位
国都 郯城
滅亡原因 により滅亡
史書の記載春秋左氏伝』(始見は宣公四年)
周朝諸侯国一覧

(たん)は、春秋時代の小型諸侯国

歴史

春秋時代、郯の国君はの国君に2回朝拝した。戦国時代紀元前414年によって郯は滅亡した。

関連する記録

  1. 郯の国君の爵位子爵、姓氏は己姓
  2. 郯の首都は郯城で「碌碡城」としても知られている。当時の君主郯子が外侵への防御のために、城壁を修理するとき、巫術の信仰により、何千もの数の碌碡(らくごく、田畑の土をならすのに用いる)を埋められたことから、郯城の別名となった。
  3. 郯の祖先東夷少昊
  4. 郯は小国で、歴史的な記録がないため、その境界を確認することはできない。しかし、郯は強国であった。北は琅琊、南は江辺、東は黄海、西は徐州に接していたと言われる。
  5. 春秋時代、郯の周辺国家の領域は:
    1. 鄟国 - 郯城県泉源郷沭河東、臨沭県石門鎮、東海県温泉鎮部分村荘。
    2. 祝其国 - 贛楡区、東海県、海州区部分村荘。
    3. 莒国 - 莒南県、臨沭県、贛楡区、莒県沂水県部分村荘。
    4. 向国 - 莒南県大店鎮西南、蘭山区河東区、臨沭県部分村荘。
    5. 鄅国 - 古琅琊開陽県、蘭山区、羅荘区蘭陵県沂南県部分村荘。
    6. 魯国 - 曲阜市平邑県蒙陰県費県部分村荘。
    7. 鄫国 - 蘭陵県向城鎮西南、蘭陵県大部分、棗荘市、郯城県沂河西部分村荘。
    8. 邳国 - 邳州市大部分、郯城県重坊鎮部分村荘。
    9. 鍾吾国 - 新沂市大部分、郯城県楊集鎮部分村荘。
  6. 郯の首都の遺跡は郯城県の北にあり、敷地の東壁と南壁は平地となり、西と北の壁は部分的に保存されている。壁の底面の幅は40メートル、上部の幅は15メートル、残りの壁の高さは4メートル。周長は4670メートルで、そのうち西と北の壁は1260メートル、東の壁は1370メートル、南の壁は780メートル。
  7. 郯子が植えた古代のイチョウの木は、樹齢3000年で生きており、高さは41.9メートル、胸囲は8メートル、直径は2.6メートル、樹冠根系の面積は56畝。現在の繁栄していてる(画像→)。
  8. 孔子はかつて弟子たちを連れて郯に行き郯子に会い、虚心に教えを求めた。これが孔子師郯子の由来である。
  9. 紀元前341年馬陵の戦いは郯城の附近で発生した。

歴代君主

記載

  • 春秋左氏伝昭公十七年:郯子来朝,公与之宴。昭子(叔孫婼)問焉,曰:「少皞氏鳥命官,何故也?」郯子曰:「吾祖,我知之。…我高祖少皞摯之立也,鳳鳥適至,故紀于鳥,為鳥師而鳥名:鳳鳥氏,暦正也;玄鳥氏,司分者也;伯趙氏,司至者也;青鳥氏,司啓者也;丹鳥氏,司閉者也。祝鳩氏,司徒也;鴡鳩氏,司馬也;鳲鳩氏,司空也;爽鳩氏,司寇也;鶻鳩氏,司事也。五鳩,鳩民者也。五雉為五工正,得器用,正度量,夷民者也。九扈為九農正,扈民无淫者也。」

脚注

    関連項目

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