道源権治

道源 権治(どうげん ごんじ、1869年2月26日明治2年1月16日[1] - 1957年昭和32年)12月7日[2])は、明治から昭和時代前期の政治家貴族院多額納税者議員衆議院議員(1期)。

道源権治

経歴

岩崎惣輔の二男として周防国山口藩都濃郡、後の鹿野村山口県都濃郡鹿野村、鹿野町を経て現周南市)に生まれる[1][3]1893年(明治26年)12月、都濃郡富田村富田町徳山市を経て現:周南市)の道源岩太郎の養嗣子となる[1][3]1900年(明治33年)山口県勧業諮問会員を経て、富田村会議員、同村長、山口県会議員を歴任した[2]。ほか、県信用組合連合会長、郡農会長、同産牛畜産会長、同水産会長、富田町教育会長、県購買販売組合連合会長、産業組合中央金庫評議員、恩賜財団済生会評議員、第百十銀行監査役、山口県社会事業協会理事などを務めた[4]

1904年(明治37年)山口県多額納税者として貴族院議員に互選され、同年9月29日[5]から1911年(明治44年)9月28日まで在任[2]1930年(昭和5年)2月の第17回衆議院議員総選挙では山口県第2区から立憲民政党所属で出馬し当選[4]。衆議院議員を1期務めた[4]

1956年(昭和31年)富田町名誉町民となった[3]

脚注

  1. 清田 1915, 278頁.
  2. 衆議院、参議院 編 1960, 204頁.
  3. 『山口県百科事典』549頁。
  4. 衆議院、参議院 編 1960, 329頁.
  5. 『官報』第6377号、明治37年9月30日。

参考文献

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