諫早市立飯盛東小学校

諫早市立飯盛東小学校(いさはやしりつ いいもりひがししょうがっこう、Isahaya City Imori Higashi Elementary School)は、長崎県諫早市飯盛町中山にある公立小学校

諫早市立飯盛東小学校
過去の名称 第五大学区長崎県管下第三中学区高来郡江ノ浦小学校
諫早部公立江ノ浦小学校
江ノ浦部公立江ノ浦小学校
江ノ浦学区公立江ノ浦小学校
戸石学区公立中等江ノ浦小学校
尋常江ノ浦小学校
江ノ浦尋常小学校
江ノ浦尋常高等小学校
江ノ浦村国民学校
江ノ浦村立江ノ浦小学校
飯盛村立飯盛東小学校
飯盛町立飯盛東小学校
国公私立の別 公立学校
設置者 諫早市
設立年月日 1973年明治6年)5月10日
共学・別学 男女共学
学期 3学期制
所在地 854-1103
長崎県諫早市飯盛町中山653番地

北緯32度46分57.0秒 東経130度1分1.0秒
外部リンク 公式サイト
プロジェクト:学校/小学校テンプレート

概要

歴史
1873年明治6年)に「江ノ浦小学校」として創立。校名に飯盛が登場するのは1955年(昭和30年)。2013年(平成25年)に創立140周年を迎えた。
校章
中央に「東」の文字を置いている。

校歌

作詞は田島日露樹、作曲は深町一朗による。歌詞は3番まであり、各番に校名の「飯盛東小」が登場する。
校区
諫早市飯盛町後田、下釜、久保、佐田、平古場、野中、山口、中山、開、上原(飯盛地区東部)。中学校区は諫早市立飯盛中学校[1]

沿革

  • 1873年(明治6年)5月10日 - 中山名圍(かこい)(江ノ浦神社敷地内)に「第三大区三ノ小区 江ノ浦小学校」が開校。旧藩時代の三町分庄屋跡を利用。児童数は約80名、訓導は新宮義衛。
  • 1874年(明治7年)7月8日 - 「第五大学区長崎県管下第一中学区高来郡江ノ浦小学校」として長崎県に認可される。
  • 1877年(明治10年)- 「第五大学区長崎県管下第三中学区高来郡江ノ浦小学校」に改称。
  • 1878年(明治11年)- 郡制の施行により、北高来郡に属することとなる。「北高来郡諫早部公立江ノ浦小学校」に改称。
  • 1879年(明治12年)- 「北高来郡江ノ浦部公立江ノ浦小学校」に改称。
  • 1880年(明治13年)- 「北高来郡江ノ浦学区公立江ノ浦小学校」に改称。後田名の井樋に分校、小ヶ倉名(現・諫早市小ヶ倉町)に分教場を設置。
  • 1883年(明治16年)- 開名字宮園に西洋風の木造2階建ての新校舎が完成。分校を統合。
  • 1885年(明治18年)- 「北高来郡戸石[2]学区公立中等江ノ浦小学校」に改称。
  • 1886年(明治19年)9月 - 小学校令の施行により、「尋常江ノ浦小学校」に改称。修業年限を4年とする。江ノ浦・田結・戸石[2]村の学校組合を解消。
  • 1889年(明治22年)4月 - 町村制の施行により、江ノ浦村立の小学校となる。この時小ヶ倉地区が分離の上、小栗村に統合される。
  • 1890年(明治23年)- 補習科(修業年限2年)を併設。
  • 1891年(明治24年)- 補習科を廃止。
  • 1892年(明治25年)4月 - 小学校令の改正により、「江ノ浦尋常小学校」に改称。
  • 1893年(明治26年)- 木造平屋建ての校舎を増築。
  • 1894年(明治27年)4月 - 再び補習科(修業年限2年)を併設。
  • 1896年(明治29年)4月 - 補習科を廃止し、高等科(修業年限2年)を併設し、「江ノ浦尋常高等小学校」に改称(尋常科4年・高等科2年)。
  • 1898年(明治31年)- 児童数の急増により一時江ノ浦神社や普同寺に分教室を開設。高等科3・4年を新設(尋常科4年・高等科4年)。
  • 1900年(明治33年)- 木造2階建ての新校舎1棟を増築したため、江ノ浦神社と普同寺の分教場を廃止。
  • 1902年(明治35年)- 江ノ浦農業補習学校を併設。
  • 1908年(明治41年)4月 - 小学校令の改正により、義務教育年限(尋常科の修業年限)が4年から6年に延長される(尋常科6年・高等科2年)。
  • 1910年(明治43年)- 開名の安養寺(現・いいもりコミュニティ会館)に木造平屋建て校舎を4棟建設し、移転を完了。
  • 1918年大正7年)- 木造平屋建て校舎1棟を増築。
  • 1926年(大正15年)- 併設の農業補習学校が青年訓練認定となる。
  • 1930年(昭和5年)- 暴風により、南校舎東部分3教室が倒壊。間もなく復旧。
  • 1931年(昭和6年)- 北校舎2教室を増築。
  • 1934年(昭和9年)- 江ノ浦村公会堂兼講堂が完成。校舎を増築。
  • 1935年(昭和10年)6月 - 青年学校令の施行により、併設の農業補習学校が「江ノ浦青年学校」になる。
  • 1941年(昭和16年)4月1日 - 国民学校令の施行により、「江ノ浦村国民学校」に改称。尋常科を初等科に改める(初等科6年・高等科2年)。教室を増築。
  • 1947年(昭和22年)4月1日 - 学制改革(六・三制の実施)が行われる。
    • 国民学校の初等科が改組され、「江ノ浦村立江ノ浦小学校」となる。
    • 国民学校の高等科と青年学校の普通科が改組され、「江ノ浦村立江ノ浦中学校」(新制中学校)が発足。小学校に併設される。
  • 1955年(昭和30年)2月11日 - 江ノ浦村と田結村が合併して飯盛村が発足。「飯盛村立飯盛東小学校」に改称。
  • 1960年(昭和35年)- 給食を開始。
  • 1965年(昭和40年)4月1日 - 飯盛村が町制施行により飯盛町となったため、「飯盛町立飯盛東小学校」に改称。
  • 1972年(昭和47年)- 現在地に新校舎が完成し、移転を完了。給食センターの完成により完全給食を開始。
  • 1976年(昭和51年)- 体育館が完成。
  • 1972年(昭和47年)- 現在地に校舎が完成し、移転を完了。給食センターが完成し完全給食を開始。
  • 1976年(昭和51年)- 体育館が完成。
  • 1978年(昭和53年)- プールが完成。
  • 1998年(平成10年)- コンピュータを設置。
  • 1987年(昭和62年)- 運動場の大改修工事を完了。
  • 2005年(平成17年)3月1日 - 市町村合併により「諫早市立飯盛東小学校」(現校名)に改称。校旗を新調。
  • 2007年(平成19年)4月1日 - 特殊学級(情緒)を設置。
  • 2009年(平成21年)- AEDを設置。特殊学級の呼称を特別支援学級に変更。
  • 2011年(平成23年)- 校舎の耐震化工事を完了。
  • 2012年(平成24年)- 運動場を整備。
  • 2013年(平成25年)- 体育館の耐震化工事を完了。

アクセス

最寄りのバス停
最寄りの国道・県道

周辺

脚注

  1. 諫早市立小・中学校の通学区域に関する規則 - 諫早市ウェブサイト
  2. 戸石村はもともと北高来郡であったが、1955年(昭和30年)2月11日西彼杵郡矢上村・北高来郡古賀村と合併し西彼杵郡東長崎町となり、1963年(昭和38年)4月22日長崎市に編入された。

参考文献

  • 「飯盛町郷土誌」(2004年(平成16年)12月1日発行、飯盛町)p.508 - p.518。

関連事項

外部リンク

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