記帳所事件

記帳所事件(きちょうじょじけん)は、1989年昭和天皇崩御に伴う公費による記帳所開設を違法として、天皇に対して損害賠償を求めた住民訴訟[1]。天皇に民事裁判権があるかについて争われた。

最高裁判所判例
事件名 住民訴訟による損害賠償
事件番号 平成1(行ツ)126
1989年(平成元年)11月20日
判例集 民集第43巻10号1160頁
裁判要旨
天皇には民事裁判権は及ばない。
第二小法廷
裁判長 香川保一
陪席裁判官 牧圭次島谷六郎藤島昭奧野久之
意見
多数意見 全会一致
反対意見 なし
参照法条
憲法1条,裁判所法3条,民訴法1編1章

概要

天皇の地位にあった昭和天皇は1988年9月19日に吐血して重体に陥り1989年1月7日に崩御して天皇の地位は皇太子である明仁(現:上皇明仁)が世襲した[2]沼田武千葉県知事は1988年9月23日から1989年1月6日までの期間は昭和天皇の病気快癒のために県民記帳所を設け、公費を支出した[2]

千葉県民の原告Xは当該公費支出は違法であり、明仁(第125代天皇)は記帳所設置費用相当額を不正に利得したとして、地方自治法第242条の2第1項第4号に基づいて[注 1]、千葉県に代位して昭和天皇の相続人である明仁に対して損害賠償請求の住民訴訟を提起した[2]

1989年3月6日千葉地方裁判所は天皇は民事裁判の当事者たりえないとして、天皇が被告として記載されている訴状そのものを却下した[2]。同年4月4日東京高等裁判所は本件は民事訴訟法第228条[注 2]の訴状却下事由には該当しないとして訴状却下命令を取り消した[2]

1989年5月24日に差戻し後の千葉地裁は「象徴という特殊な地位に鑑み、公人としての天皇に係る行為については、内閣が直接的に又は宮内庁を通じて間接的に補佐することになり、その行為に対する責任もまた内閣が負うことになるので、天皇に対しては民事裁判権がない」「天皇が記帳所に置いて国民から病気平癒の見舞いの記帳を受けるということは、天皇の象徴たる地位に由来する公的なものであり、したがって天皇の地位を離れた純粋に私的なものであるとみることはできない」として訴えを棄却した[2]

1989年7月19日に東京高裁は「天皇といえども日本国籍を有する自然人の一人であって、日常生活において、私法上の行為をなすことがあり、その効力は民法その他の実体私法の定めるところに従うことになるが、このことから直ちに天皇も民事裁判権に服すると解することはできない。仮に天皇に対しても民事裁判権が及ぶとするなら、民事及び行政の訴訟において天皇と言えども被告適格を有し、また証人となる義務を負担することになるが、このようなことは日本国の象徴であるという天皇の憲法上の地位とは全くそぐわないものである。そして、このように解されることが天皇は刑事訴訟において訴追されるようなことはないし、また公職選挙法選挙権及び被選挙権を有しないと一般に理解されていることと整合する」として控訴を棄却した[2]

1989年11月20日に最高裁判所は「天皇は日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であることに鑑み、天皇には民事裁判権が及ばないものと解するのが相当である。したがって、訴状において天皇を被告とする訴えについては、その訴状を却下すべきものであるが、本件訴えを不適法とした第一審判決を維持した原判決はこれを違法として破棄するまでもない」として上告を棄却した[2]

最高裁判決について

最高裁判決について学説では私的行為について民事責任を問われることと象徴であることは必ずしも矛盾しないとして批判する声もある[3][4]

脚注

注釈
  1. 当時の条文。住民による代位訴訟規定は2002年に地方自治法が改正され、住民が地方公共団体の執行機関等を被告として賠償請求・不当利得返還請求等をすべきことを求める訴訟およびその判決にもとづく賠償・不当利得返還の請求等とそのための訴訟という二段階構成となっている。
  2. 当時の条文。現在は民事訴訟法第137条。
出典
  1. 杉原泰雄・野中俊彦『新判例マニュアル 憲法〈1〉統治機構・人権1 』三省堂、2000年、24頁
  2. 高橋和之・長谷部恭男・石川健治「憲法判例百選Ⅱ 第5版」(有斐閣)370頁
  3. 高橋和之・長谷部恭男・石川健治「憲法判例百選Ⅱ 第5版」(有斐閣)371頁
  4. 大沢秀介 『憲法入門 第3版』 (成文堂)48・49頁

関連項目

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