綴喜郡

京都府綴喜郡の位置(1.井手町 2.宇治田原町 薄黄:後に他郡に編入された区域 薄緑・水色:後に他郡から編入した区域)

綴喜郡(つづきぐん)は、京都府山城国)の

人口16,245人、面積76.2km²人口密度213人/km²。(2021年2月1日、推計人口

現在は以下の2町を含む。

郡域

1879年明治12年)に行政区画として発足した当時の郡域は、以下の区域にあたる。

  • 京都市
    • 伏見区の一部(淀美豆町・淀際目町・淀生津町)
  • 城陽市の一部(水主・奈島・市辺)
  • 八幡市の大部分(上津屋を除く)
  • 京田辺市の全域
  • 井手町の大部分(田村新田を除く)
  • 宇治田原町の大部分(高尾を除く)

歴史

式内社

延喜式神名帳に記される郡内の式内社

神名帳 比定社 集成
社名 読み 付記 社名 所在地 備考
綴喜郡 14座(大3座・小11座)
樺井月神社カハヰノ-月次新嘗樺井月神社京都府城陽市水主宮馬場水主神社境内社
朱智神社スチノ朱智神社京都府京田辺市天王
月読神社ツキヨミノ月次新嘗月讀神社京都府京田辺市大住
咋岡神社クヒヲカノ鍬靫(論)咋岡神社京都府京田辺市飯岡
(論)咋岡神社京田辺市草内宮ノ後
高神社タカノ鍬靫高神社京都府綴喜郡井手町多賀
内神社 二座ウチノ内神社京都府八幡市内里
粟神社アハノ粟神社京都府城陽市市辺
棚倉孫神社タナクラヒコ月次新嘗棚倉孫神社京都府京田辺市田辺
佐牙乃神社サガノ鍬靫佐牙神社京都府京田辺市大字宮津
酒屋神社サカヤノ酒屋神社京都府京田辺市大字興戸
甘南備神社カンナヒノ
カム-
神南備神社京都府京田辺市大字薪
天神社アマツカンノヤシロ
アマツヤシロ
(論)天神社京都府京田辺市松井
(論)朱智神社京都府京田辺市天王
(論)棚倉孫神社京都府京田辺市棚倉
地祇神社クニツヤシロカンノヤシロ
クニツヤシロ
地祇神社京都府京田辺市普賢寺
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    近世以降の沿革

    • 慶応4年
    • 明治初年
      • 領知替えにより美濃山新開・水主村・上奈良村・南興戸村・江津村・出垣内村・岩田村・松井村・北興戸村の全域および大住村の一部(旗本領)が淀藩領となる。
      • 奥山新田が多賀村に合併。(56村)
    • 明治3年(1870年) - 八幡のうち石清水八幡宮の門前町が八幡町、残部が八幡荘となる。(1町56村)
    • 明治4年
    • 明治5年(1872年) - 水無村が井手村に合併。(1町55村)
    • 明治7年(1874年)(1町49村)
      • 贄田村・糠塚村・大道寺村・平岡村が合併して立川村となる。
      • 岩本村・長山村が合併して岩山村となる。
      • 南興戸村・北興戸村が合併して興戸村となる。
      • 田辺新田村が田辺村に合併。
    • 明治8年(1875年) - 老中村・名村・切林村・符作村が合併して南村となる。(1町46村)
    • 明治9年(1876年)(1町42村)
      • 宮口村・江津村が合併して宮津村となる。
      • 南山村・高木村・出垣内村・山本村が合併して三山木村となる。
    • 明治12年(1879年4月10日 - 郡区町村編制法の京都府での施行により、行政区画としての綴喜郡が発足。郡役所が田辺村に設置。

    町村制以降の沿革

    1.八幡町 2.美豆村 3.都々城村 4.有智郷村 5.大住村 6.田辺村 7.草内村 8.三山木村 9.普賢寺村 10.井手村 11.多賀村 12.青谷村 13.田原村 14.宇治田原村(紫:京都市 赤:城陽市 桃:八幡市 橙:京田辺市 黄:井手町 緑:宇治田原町)
    • 明治22年(1889年4月1日 - 町村制の施行により、以下の町村が発足。(1町13村)
      • 八幡町 ← 八幡町、八幡荘[大部分]、川口村(現・八幡市)
      • 美豆村 ← 美豆村、際目村、生津村(現・京都市伏見区)
      • 都々城村 ← 岩田村、野尻村、上奈良村、下奈良村、八幡荘[一部]、久世郡上津屋村[浜上津屋・里上津屋](現・八幡市)
      • 有智郷村 ← 内里村、戸津村、美濃山新開(現・八幡市)
      • 大住村 ← 大住村、松井村(現・京田辺市)
      • 田辺村 ← 田辺村、薪村、興戸村、河原村(現・京田辺市)
      • 草内村 ← 草内村、東村、飯岡村(現・京田辺市)
      • 三山木村 ← 三山木村、宮津村(現・京田辺市)
      • 普賢寺村 ← 水取村、多々羅村、上村、天王村、高船村、打田村(現・京田辺市)
      • 井手村 ← 井手村、相楽郡田村新田(現・井手町)
      • 多賀村(単独村制。現・井手町)
      • 青谷村 ← 奈島村、市辺村、久世郡中村(現・城陽市)
      • 田原村 ← 郷ノ口村、南村、荒木村、立川村[贄田]、久世郡高尾村(現・宇治田原町)
      • 宇治田原村 ← 岩山村、立川村[贄田を除く]、禅定寺村、湯屋谷村、奥山田村(現・宇治田原町)
      • 水主村が久世郡寺田村の一部となる。
    • 明治32年(1899年7月1日 - 郡制を施行。
    • 明治39年(1906年10月12日 - 田辺村が町制施行して田辺町となる。(2町12村)
    • 大正12年(1923年)4月1日 - 郡会が廃止。郡役所は存続。
    • 大正15年(1926年)7月1日 - 郡役所が廃止。以降は地域区分名称となる。
    • 昭和2年(1927年1月1日 - 井手村が町制施行して井手町となる。(3町11村)
    • 昭和10年(1935年)4月1日 - 美豆村が久世郡淀町に編入。(3町10村)
    • 昭和17年(1942年)7月1日 - 「綴喜地方事務所」が田辺町に設置され、本郡を管轄。
    • 昭和26年(1951年)4月1日(3町5村)
      • 普賢寺村・三山木村・草内村・大住村が田辺町に編入。
      • 青谷村が久世郡久津川村・富野荘村・寺田村と合併して久世郡城陽町が発足。
    • 昭和29年(1954年10月1日 - 都々城村・有智郷村が八幡町に編入。(3町3村)
    • 昭和31年(1956年9月30日 - 宇治田原村・田原村が合併して宇治田原町が発足。(4町1村)
    • 昭和33年(1958年)4月1日 - 井手町・多賀村が合併し、改めて井手町が発足。(4町)
    • 昭和52年(1977年11月1日 - 八幡町が市制施行して八幡市となり、郡より離脱。(3町)
    • 平成9年(1997年)4月1日 - 田辺町が市制施行・改称して京田辺市となり、郡より離脱。(2町)

    変遷表

    行政

    • 歴代郡長
    氏名就任年月日退任年月日備考
    1明治11年(1879年)4月10日
    大正15年(1926年)6月30日郡役所廃止により、廃官

    脚注

    1. 川上村・宮村・茶屋村・栢村に分かれて記載。
    2. 記載は八幡荘。
    3. 記載なし。

    参考文献

    関連項目

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