沿ドニエストル共和国

トランスニストリア(Transnistria)、沿ドニエストル(えんドニエストル、Transdniestria、Pridnestrovie)、公式には沿ドニエストル・モルドバ共和国(えんドニエストル・モルドバきょうわこく、ロシア語: Приднестровская Молдавская Республика; モルダヴィア語: Република Молдовеняскэ Нистрянэ[注釈 1]ウクライナ語: Придністровська Молдавська Республіка)は、ドニエストル川ウクライナ国境との間の細長い土地にあり国際的にはモルドバの一部と広く認められている分離国家である。首都はティラスポリ

沿ドニエストル・モルドバ共和国
Приднестровская Молдавская Республика
Република Молдовеняскэ Нистрянэ
Придністровська Молдавська Республіка
国旗 国章
国の標語:なし
国歌Мы славим тебя, Приднестровье(ロシア語)
Слэвитэ сэ фий, Нистрене(モルドバ語)
Ми славимо тебе, Придністров’я(ウクライナ語)
トランスニストリアよ、われら汝を称える
公用語 ロシア語
モルドバ語(キリル文字表記)
ウクライナ語
首都 ティラスポリ
最大の都市 ティラスポリ
政府
大統領 ワジム・クラスノセリスキー
首相 アレクサンドル・マルティノフ
面積
総計 4,163km2暫定176位[1]
水面積率 不明
人口
総計(2015年 475,665人(暫定174位
人口密度 114.2人/km2
GDP(自国通貨表示)
合計(xxxx年) xxx,xxx沿ドニエストル・ルーブル
GDP(MER
合計(xxxx年) およそ4.2億ドル(???位
1人あたり xxxドル
GDP(PPP
合計(xxxx年) xxx,xxxドル(???位
1人あたり xxxドル
独立
 - 宣言
モルドバから
1990年9月2日
通貨 沿ドニエストル・ルーブルPRB[2]
時間帯 UTC +2(DST:+3)
ISO 3166-1 なし
ccTLD なし
国際電話番号 373[3]
  1. 3,567km2とも。
  2. ISO 4217で正式に定められた通貨コードではない。
  3. モルドバのもの。

概要

トランスニストリアは、アブハジアアルツァフ南オセチアの3つのほぼ国際的には承認されていない国家にしか承認されていない[1]

同地域はモルドバ共和国によって特別な法的地位を有するトランスニストリア自治領域単位ルーマニア語: Unitatea teritorială autonomă cu statut juridic special Transnistria[2])またはStînga Nistrului[3][4][5](ドニエストル川左岸) )と定められている。

経緯

ソビエト連邦の解体後、モルドバおよび分離したトランスニストリア領域との間の緊張は1992年3月に始まった軍事衝突へと発展し、同年7月の停戦によって締めくくられた。その合意の一部として、三者(ロシア、モルドバ、トランスニストリア)合同調整委員会がこの非武装地帯(ドニエストル川両岸の20の自治体から構成される)における安全保障体制を監督している。停戦は保たれているものの、この領域の政治的立場は未解決のままである。トランスニストリアは未承認であるが、現在モルドバ共和国政府の実効統治は及んでおらず、独自の政府議会軍隊警察、郵便制度、通貨、車両登録を有する「de facto(事実上の)」独立半大統領制共和国である[6][7][8][9]。その当局は憲法国旗国歌国章を承認してきた。2021年現在国旗において鎌と槌を採用しているのは沿ドニエストルのみである。

2005年のモルドバとウクライナの合意後、ウクライナ国境を通って物品を輸出しようとする全てのトランスニストリア企業はモルドバ当局に登録されなければならない[10]。この合意は2005年にモルドバ・ウクライナ国境監視ミッション(EUBAM)が実施された後に履行された[11]。ほとんどのトランスニストリア人はモルドバ市民権も持つが[12]、多くのトランスニストリア人はロシアとウクライナの市民権も持っている。2015年の主要な民族集団はロシア人(34%)、モルドバ人(33%)、ウクライナ人(26.7%)、およびブルガリア人(2.8%)であった。

現在、トランスニストリア・アブハジアアルツァフ南オセチアはソビエト消滅後の「凍結された紛争」地帯である[13][14]。これら4つの部分的に承認された国家は互いに友好な関係を維持し、民主主義と民族の権利のための共同体を形成している[15][16][17]

国名

沿ドニエストル共和国が定めた公用語に基づく正式名称は

  • ロシア語: Приднестровская Молдавская Республика (ПМР)
  • モルドバ語キリル文字):Република Молдовеняскэ Нистрянэ (РМН)
    • ラテン文字表記:Republica Moldovenească Nistreană
  • ウクライナ語: Придністровська Молдавська Республіка (ПМР)
    • ラテン文字転写:Prydnistrovs'ka Moldavs'ka Respublika

である。なお、英語ではPridnestrovian Moldavian Republic (PMR)と表記する。

また、略称は

  • ロシア語: Приднестровье
    • ラテン文字転写:Pridnestrovie
  • モルドバ語(キリル文字):Нистрения
    • ラテン文字転写:Nistrenia
  • ウクライナ語: Придністров'я
    • ラテン文字転写:Prydnistrovya

と表記される。モルドバ語(ラテン文字)ではTransnistriaと表記される。

なお、この地域は、ロシア語ではプリドニエスローヴィエプリドニエストルПриднестровье、Pridn'estrov'ye)、ルーマニア語ではトランスニストリアTransnistria、"ドニエストル川の向こう")と呼称する。国際機関ではトランスドニエストル (Transdniester) という呼称を用いている。略称はПМР (PMR) で、ロシア語の名称「Приднестро́вская Молда́вская Респу́блика」(Pridnestrovskaya Moldavskaya Respublika、沿ドニエストル・モルドバ共和国)に由来する。

公用語

沿ドニエストル共和国の定める公用語はロシア語モルドバ語ウクライナ語の3つである。しかし、沿ドニエストル共和国での「モルドバ語」は現在のモルドバ共和国で使用されているラテン文字表記(実質的にルーマニア語と同じ)とは異なり、ソビエト連邦からの独立前に使われていたキリル文字表記である。

歴史

ドニエストル川西岸の都市ベンデルを除けば、元々この地域はモルダビア公国ベッサラビアに属していなかった。 18世紀、ロシア帝国の西の国境であったこの一帯を防衛する意味もあり、ロシア人ウクライナ人が移住した。ただし南スラブ族は、6世紀の後半からこの地域にいた。1924年にソビエト連邦がドニエストル河東岸にウクライナ・ソヴィエト社会主義共和国(以下USSR)の構成部分としてモルダヴィア自治共和国を創設した。その頃はルーマニア人が大部分を占めており、ルーマニア語で教える学校も開校した。

1940年(ソ連によるベッサラビア併合)と、独ソ戦でソ連がナチス・ドイツ軍ルーマニア王国軍を押し返した第二次世界大戦後にはモルダビア・ソビエト社会主義共和国の一部となる。

ソビエト連邦の崩壊に先立つ1990年のソビエト連邦末期にモルドバ民族主義の昂揚により、モルダビアからモルドバへの国名変更や主権宣言が6月23日に行われた。これに対して、ドニエストル川左岸のロシア語系住民がティラスポリで臨時国会を開催し「沿ドニエストル・ソビエト社会主義共和国」(Road Dneistol Soviet Socialist Republic、沿ドニエストルSSR)の創設を宣言してモルドバから分離を目指した[18]。さらに同年9月2日には、「沿ドニエストル共和国」として独立を宣言。追って1991年8月25日に沿ドニエストル最高評議会が、同領土内にUSSR憲法とUSSR法案の効果を保持する『沿ドニエストル地域の独立に関する宣言』を採択したが、翌年1992年トランスニストリア戦争へ発展。7月、和平協定が締結され、ロシア連邦、モルドバ、沿ドニエストル合同の平和維持軍(Joint Control Commission, JCC) によって停戦監視が行われている。

先のモンテネグロの独立に影響を受けた共和国議会は2006年7月12日、沿ドニエストル共和国が国際的な独立の承認を受けた後にロシアに編入することなどの是非を問う住民投票を行うことを決めた。投票は同年9月17日に実施され、圧倒的多数で賛成票が反対票を上回った。

ところがモルドバのヘルシンキ人権委員会が当日現地に出向き出口調査等独自で監視を行ったところ、当局によって発表された70%を超えるという投票率に対し実際には10%から30%程度しか確認できなかったこと、結果に関しても少なくとも2~3倍に水増しされたか全く捏造された不公正な投票である可能性が高いと発表している。かつ

  • 選挙当日には投票に行かない者を選挙後にルーマニアに強制的に移住させるという脅し文句で投票を強制させていた。
  • 過去にボイコットを行った反体制的国民は有権者のリストから除外されていること。
  • 公安や軍人がガードをしており投票所の近くに監視員が近づけないようにしていた投票場があったこと、また彼らが投票結果を改竄していたことなどが目撃されている。

この住民投票は欧州安全保障協力機構欧州連合アメリカ合衆国がそろってこの開催と結果を認めない声明をかねてより出している。欧州評議会においても議長国のロシアのみがこれを認める立場を固持しているのみである。また同様の住民投票は過去に数度行われており、今回のも含めて実際の影響力、ましてや拘束力は乏しいものといえる。

しかし2014年クリミア危機によって成立したクリミア共和国が、ロシアへの編入を求めた結果、ロシア側から承認された。これを受けて、沿ドニエストル共和国政府は再びロシア下院に対してロシア連邦への編入を求めた[19]

政治

元首は大統領であり、大統領は国民による選挙で選出される。長くスミルノフ大統領による統治が続いたが、議会やシェリフ・グループ、さらには駐留ロシア軍、ロシア資本の意向も絡まり、一概には独裁体制と言えない政治状況にある。2011年には選挙による政権交代が実現した。1940年代から1960年代のソビエト連邦のような政治文化が街中に色濃く残っているが、2代目大統領シェフチュクによる自由化の流れも見られる。軍事、経済をロシアに頼っており、欧米寄りのモルドバに対してロシア寄りの政策を採っている。旧ソ連軍の備蓄した膨大な量の武器を保有しており、国際的な武器密輸疑惑で非難を受けている。

モルドバの中央選挙管理委員会は、沿ドニエストル共和国の住民がモルドバ政府の支配地域に来れば、モルドバの国政選挙への投票が可能であるとの見解を示している[20]

外交

2006年6月14日に、アブハジア共和国南オセチア共和国、沿ドニエストル共和国の3か国の大統領が、スフミで会談を行い、共同声明の形で民主主義と民族の権利のための共同体の設立を宣言した。この共同体にはアルツァフ共和国ナゴルノ・カラバフ)も参加している。

沿ドニエストル共和国は、これら旧ソ連の、国際的にはほとんど国家として承認されていない3カ国との相互承認を行っている。ロシアは約1500人の兵力を駐留させ、天然ガスを無償で供与し、実質的に支援している[20]

地理

沿ドニエストル共和国の地図
ドゥボッサールィ地区の地図。緑がモルドバ共和国、紫が沿ドニエストル共和国の実効支配地域。

モルドバ共和国のドニエストル川東岸からウクライナとの国境までの南北に細長い地域を主な領土としている。なお、川は直線ではなく蛇行しており、ウクライナとの国境は直線でジグザグした部分も多い。

しかし、全ての領土(実効支配地域)が東岸にあるわけではない。例えば、沿ドニエストル共和国が実効支配しているベンデルはドニエストル川西岸に位置している。一方、東岸にあるコシエリという都市はモルドバ共和国の実効支配下にある。また、中部のドゥボッサールィ地区(モルドバ語名ドゥベサリ)ではモルドバ共和国の実効支配地域が大きく食い込んでおり、分断されているところもある。なお、その分断地域(モルドバ共和国実効支配地域)を横切る道路(沿ドニエストル共和国の南北間を結ぶ)は、沿ドニエストル共和国領となっているためモルドバ共和国の飛地が存在する。

地方行政区分

地方行政区分

地区

地区 (район) 中心地
カーメンカ地区 カーメンカ
ルィブニツァ地区 ルィブニツァ
ドゥボッサールィ地区 ドゥボッサールィ
グリゴリオポリ地区 グリゴリオポリ
スロボゼヤ地区 スロボゼヤ

共和国級市

国民

民族構成は、ルーマニア(モルドバ)系が31.9%、ウクライナ系が28.8%、ロシア系が30.4%。

1990年代の経済低迷により移民する人が多く、1989年に546,400人だったこの地域の人口は、2001年には633,600人までに増加した。ただ、年齢構成が高齢傾向にある。2015年の推計人口は475,665で2004年と比べ7万人以上減少した[21]

経済

GDP(国内総生産)はおよそ10億ドル。また、独自通貨たる沿ドニエストル・ルーブルが国内で流通している。シェリフ・グループと呼ばれる企業グループスーパーマーケットガソリンスタンド携帯電話会社などを経営しており、大きな影響力を持っている。

国際法的にはほとんど承認されていないが、貿易は約80カ国との間で行われている[20]

工業

ソビエト連邦時代から重化学工場が立地しており、工業が主要産業となっている。現在でも、鉄鋼発電セメント生産、繊維生産が盛んである。

農業

反面で農業はモルドバと比べると生産量に乏しいものの、温室栽培青果物を生産していることから品質が比較的良いものが収穫出来ると言われている。2016年にロシアは自国空軍の戦闘機をトルコによって撃墜された事件への報復としてトルコからの物品の輸入を禁止したが、その代償として輸入の主要品物となっていた青果物を失うこととなった。これを受け、沿ドニエストルは代替の青果供給地として名乗りを上げており、特にトマトの供給に対しては積極的にアピールをしている[注釈 2][22]

脚注

注釈

  1. トランスニストリアで話されているルーマニア語は、その憲法に規定されているように、「モルドバ語」と公式に呼ばれる。
  2. ロシアは青果物をトルコを始めとした諸外国からの輸入に頼っている現状がある。輸入される青果物の品目の中で依存度が高いのはトマトであり、2014年の青果物輸入に於けるトルコ産トマトの割合は42%で全体の4割を占めるものであった。

出典

  1. About Abkhazia – Abkhazia.info Archived 21 July 2011 at the Wayback Machine.. English translation: Google translator. Link was not available/working 21 December 2014.
  2. Law No. 173 from 22 July 2005 "About main notes about special legal status of settlements of left bank of Dnestr (Transnistria)": Moldovan, Russian
  3. Moldova. territorial unit: Stinga Nistrului (Transnistria)”. CIA World Factbook. CIA. 2012年6月30日閲覧。
  4. Herd, Graeme P.; Moroney, Jennifer D. P. (2003). Security Dynamics in the Former Soviet Bloc. Routledge. ISBN 0-415-29732-X
  5. Zielonka, Jan (2001). Democratic Consolidation in Eastern Europe. Oxford University Press. ISBN 0-19-924409-X
  6. Jos Boonstra, Senior Researcher, Democratisation Programme, FRIDE. Moldova, Transnistria and European Democracy Policies Archived 8 August 2018 at the Wayback Machine., 2007
  7. Hinteregger, Gerald; Heinrich, Hans-Georg (2004). Russia – Continuity and Change. Springer. p. 174. ISBN 3-211-22391-6. https://archive.org/details/russiacontinuity0000unse/page/174
  8. Rosenstiel, Francis; Lejard, Edith; Boutsavath, Jean; Martz, Jacques (2002). Annuaire Europeen 2000/European Yearbook 2000. Martinus Nijhoff Publishers. ISBN 90-411-1844-6
  9. Bartmann, Barry; Tozun, Bahcheli (2004). De Facto States: The Quest for Sovereignty. Routledge. ISBN 0-7146-5476-0
  10. European Union Border Assistance Mission to Moldova and Ukraine (EUBAM), November 2007
  11. Background – EU Border Assistance Mission to Moldova and Ukraine”. Eubam.org. 2013年5月30日閲覧。
  12. Der n-tv Atlas. Die Welt hinter den Nachrichten. Bertelsmann Lexikon Institut. 2008. page 31
  13. OSCE: De Gucht Discusses Montenegro Referendum, Frozen Conflicts, GlobalSecurity.org, Radio Free Europe/Radio Liberty, May 2006
  14. Vladimir Socor,Frozen Conflicts in the Black Sea-South Caucasus Region”. 2014年3月26日閲覧。, IASPS Policy Briefings, 1 March 2004
  15. Template:Cite webの呼び出しエラー:引数 title は必須です。{{{title}}} (ロシア語). Newsru (2006年11月17日). 2014年3月26日閲覧。
  16. Head of Foreign Ministry of the Republic of South Ossetia congratulated Minister of Foreign Affairs of the PMR with Sixth Anniversary of Creation of Community for Democracy and Rights of Nations”. The Ministry of Foreign Affairs of the PMR (2012年6月15日). 2014年3月26日閲覧。
  17. Vichos, Ioannis F.. Moldova's Energy Strategy and the 'Frozen Conflict' of Transnistria”. Ekemeuroenergy.org. Template:Cite webの呼び出しエラー:引数 accessdate は必須です。
  18. 外務省. モルドバ (日本語). 外務省 海外安全ホームページ. 2020年11月16日閲覧。
  19. “沿ドニエストル ロシアへの連邦加盟を希望”. The Voice of Russia. (2014年3月19日). オリジナルの2014年3月20日時点におけるアーカイブ。. http://archive.is/yFynW
  20. 【旧ソ連国の選択 モルドバ議会選】(中)選挙不参加の「独立国」和平停滞 ロシアが影響力維持『東京新聞』朝刊2019年2月20日(国際面)。
  21. Переписи подлежали все граждане республики, а также лица без гражданства, иностранцы, постоянно проживающие или временно пребывающие на территории Приднестровья.
  22. Томаты из Приднестровья заменят турецкие помидоры на рынке России”. Новости Молдовы (2015年12月7日). 2016年8月21日閲覧。

参考文献

  • 廣瀬陽子『強権と不安の超大国・ロシア 旧ソ連諸国から見た「光と影」』光文社新書、2008年 ―第2章「『未承認国家』という名の火薬庫」に著者の沿ドニエストル訪問記が収録されている。

関連項目

外部リンク

This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.