民間人閣僚

民間人閣僚(みんかんじんかくりょう)とは、議院内閣制を採用する日本国憲法施行後に成立した内閣において、任命時に国会議員ではない国務大臣を指す。なお、衆議院解散などにより任命後に国会議員の身分を失っている国務大臣は民間人閣僚とは呼ばれない[注 1]

2020年現在、民間人閣僚は7年余り不在であり、この期間は1980年代に8年5ヶ月間不在だった時以来の長さである(当時鈴木善幸内閣中曽根内閣竹下内閣)。

概説

日本国憲法第68条において、「その(国務大臣の)過半数は、国会議員の中から選ばれなければならない」とされている。

逆に言えば、半数未満であれば、その人数には制約がないことになる。現在、閣僚は最大20人任命できるため、9人までは民間人でもよいことになる[注 2]

例として、岸内閣藤山愛一郎小泉内閣竹中平蔵など著名人の起用例があり、藤山・竹中や川口順子など、後に国会議員に選出された者もいる。

また、竹下内閣 (改造)高辻正己法務大臣の場合は、直前に発生したリクルート事件で違法性のない政治献金でも大臣辞任に追い込まれるようになり、前任者の長谷川峻リクルートからの政治献金を受けたことにより法相就任4日で大臣辞任の憂き目に遭い、内閣法制局長官最高裁判所裁判官などを歴任した高辻が起用された。

仮に、国会議員たる国務大臣が改選時に落選したり引退しても、任命時に国会議員であった以上は憲法第68条による制限を受けないが、衆院選後の組閣又は内閣改造によって更迭されることが多く、民間人閣僚として在任し続ける例は少ない。

主に、官僚大学教員実業家地方公共団体首長などで、実績のある人物が任命されることが多い。

民間人閣僚の一覧

  • ここでは任命時に国会議員経験がない閣僚について記載する。
  • 「※」は大臣在任中に国会議員となったことをしめし、国会議員となった時点で民間人閣僚の期間を終了としている。
  • 前職などに関しては、任命直前についていた職を除き、「前」は職を辞してから大臣任命まで短期間であり、その間主要な職についていない場合、「元」は職を辞してから大臣任命まである程度期間があり、その間、他の職についている場合を示す。
氏名役職内閣期間前職など
殖田俊吉行政管理庁長官吉田内閣1948年10月15日 - 1948年11月10日大蔵官僚
法務総裁吉田内閣1948年11月1日 - 1950年6月28日
天野貞祐文部大臣吉田内閣1950年5月6日 - 1952年8月27日第一高等学校校長
木村篤太郎法務大臣吉田内閣1951年12月26日 - 1952年10月30日検事総長、元司法大臣、東京弁護士会会長
保安庁長官吉田内閣1952年10月30日 - 1953年5月21日
向井忠晴大蔵大臣吉田内閣1952年10月30日 - 1953年5月21日三井物産会長、元三井総元方理事長
一萬田尚登大蔵大臣鳩山一郎内閣1954年12月10日 - 1955年2月27日日本銀行総裁
高碕達之助経済審議庁長官鳩山一郎内閣1954年12月10日 - 1955年3月19日東洋製罐会長、前電源開発総裁
藤山愛一郎外務大臣岸内閣1957年7月10日 - 1958年5月22日日本商工会議所会頭、日本航空初代会長
永井道雄文部大臣三木内閣1974年12月9日 - 1976年12月24日東京工業大学教授
牛場信彦対外経済担当大臣福田赳夫内閣1977年11月28日 - 1978年12月7日外務官僚
大来佐武郎外務大臣大平内閣1979年11月9日 - 1980年7月17日元外務官僚、元経済企画庁官僚、前海外経済協力基金総裁
高辻正己法務大臣竹下内閣1988年12月30日 - 1989年6月3日内務官僚、元内閣法制局長官、元最高裁判事
高原須美子経済企画庁長官海部内閣1989年8月10日 - 1990年2月28日経済評論家
三ヶ月章法務大臣細川内閣1993年8月9日 - 1994年4月28日東京大学名誉教授弁護士
赤松良子文部大臣細川内閣1993年8月9日 - 1994年4月28日労働官僚
文部大臣羽田内閣1994年4月28日 - 1994年6月30日
宮崎勇経済企画庁長官村山内閣1995年8月8日 - 1996年1月11日経済安定本部官僚、経済評論家
長尾立子法務大臣橋本内閣1996年1月11日 - 1996年11月7日厚生官僚
堺屋太一経済企画庁長官小渕内閣1998年7月30日 - 2000年4月4日通産官僚、経済評論家
経済企画庁長官森内閣2000年4月5日 - 2000年12月5日
川口順子環境庁長官森内閣2000年7月5日 - 2001年1月5日元通産官僚、サントリー常務
環境大臣森内閣2001年1月6日 - 2001年4月24日
環境大臣小泉内閣2001年4月24日 - 2002年2月8日
外務大臣小泉内閣2002年2月1日 - 2004年9月27日
遠山敦子文部科学大臣小泉内閣2001年4月26日 - 2003年9月22日文部官僚
竹中平蔵経済財政担当大臣小泉内閣2001年4月26日 - 2004年7月25日慶應義塾大学教授
金融担当大臣小泉内閣2003年11月19日 - 2004年7月25日
大田弘子経済財政担当大臣安倍内閣2006年9月26日 - 2007年9月26日政策研究大学院大学教授
福田康夫内閣2007年9月26日- 2008年8月2日
増田寛也総務大臣安倍内閣2007年8月27日 - 2007年9月26日建設官僚、前岩手県知事
福田康夫内閣2007年9月26日 - 2008年9月24日
片山善博総務大臣菅内閣2010年9月17日 - 2011年9月2日自治官僚、前鳥取県知事
森本敏防衛大臣野田内閣2012年6月4日 - 2012年12月26日自衛官、元外務官僚、拓殖大学教授

備考

脚注

注釈

  1. ただし、野田第3次改造内閣では、現職閣僚8人が2012年12月16日の第46回衆議院議員総選挙で落選し、参議院議員以外で選挙に立候補しなかった閣僚2人を含め、閣僚18人中10人が民間人となり、同日から総辞職した同年12月26日までは民間人の閣僚が最多となった(閣僚の過半数が民間人となった唯一の事例)。
  2. 本来は最大17人(民間人は上限8人)だが、現在は復興大臣五輪担当大臣及び国際博覧会担当大臣設置のため、閣僚枠が3人増員されている。
  3. 中央官庁官僚経験者は検事経験がある木村篤太郎や日本銀行出身の一萬田尚登を除く。なお、この2名のほか、研究者出身5名、民間企業出身4名となっている。

出典

    関連項目

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