板塔婆

板塔婆(いたとうば、いたとば)とは、追善供養のためにの脇になどに立てる木製の長い板のこと。卒塔婆(そとうば、そとば)ともいう。

木製卒塔婆が多くみられる神戸市北区淡河町墓地

概要

塔婆(卒塔婆)とは、墓所の傍に追善供養のために梵字名号種字戒名俗名などを書き記して建てる白木の板である[1]。stūpaの音写、藪斗婆窣都婆などとも音写される[1][2]五輪塔を模して上部が塔状になっており、上から空(宝珠)・風(半円)・火(三角)・水(円)・地(四角)の五大を表す[1][3]民俗学的には、依代(霊が依りつく対象物)の意味を持つとされる[2]

卒塔婆を一度でも建てようと思っただけで、その人には無限の功徳があると言われており、その功徳を故人に廻らして菩提を弔うのが「卒塔婆(塔婆)供養」である[4]。まず納骨時に最初の卒塔婆供養を行い、あとは法要ごとに卒塔婆供養として新しい卒塔婆に変える。なお、浄土真宗系は板塔婆を建てない[5]

日本において、卒塔婆は全国生産量の60~70%が東京都西多摩郡で作られており、原料はモミを使用し、当初は地元産のモミを使用していたが、資源の枯渇に伴い周辺県から調達を開始し、現在は九州の他、欧州、中国などから輸入している[6]

歴史

古代インドにおいては小高く盛り上げた塚が一般的であったが、釈尊入滅に至り遺体を荼毘に附し、8か所に仏舎利塔を建立・分骨し供養した[1]。これに倣って、インド内外でも多様な様式の塔が造られ、仏教が伝播された各地で高僧の入寂に伴い遺骨を納める建物(塔)の建設が盛んとなった[1]。仏教伝来後の中国では、旧来からの伝統建築様式と融合して各種の塔が造立され、日本でもいわゆる三重の塔、五重の塔などに変化して造塔された[1]。これらの塔を象形化し、簡略化して板状にしたものを「卒塔婆」として大切に扱い、亡き先祖の追善供養に用いるようになったと考えられる[1]。関西地方においては経木と呼ばれる小さく薄いものを用いることもある[1]

日本では、12世紀末の『餓鬼草紙』に卒塔婆が描かれており、平安時代末期ないし鎌倉時代初期頃には使用されるようになっていたと言われている。

ギャラリー(さまざまな卒塔婆)

脚注

  1. 卒塔婆 (日本語). WEB版新纂浄土宗大辞典. 2020年11月3日閲覧。
  2. 卒塔婆(そとうば)|曹洞宗近畿管区教化センター”. www.soto-kinki.net. 2020年11月3日閲覧。
  3. 天台宗. 法話集|お塔婆について (日本語). 天台宗. 2020年11月3日閲覧。
  4. 卒塔婆(そとうば)|曹洞宗近畿管区教化センター”. www.soto-kinki.net. 2020年11月3日閲覧。
  5. 世界文化社発行 別冊家庭画報ひろさちやの仏教なるほど百科」189ページ
  6. 中善寺涼,林宇一 (2017-03). “棺・卒塔婆における原料の変遷”. 宇都宮大学農学部演習林報告 ( 宇都宮大学農学部) 53: 43-53. https://agriknowledge.affrc.go.jp/RN/2010926618.pdf 2020年11月3日閲覧。.

関連項目

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