日本橋大伝馬町

日本橋大伝馬町(にほんばしおおでんまちょう)は、東京都中央区地名で、旧日本橋区に当たる日本橋地域内に位置する。「丁目」の設定のない単独町名である。郵便番号は103-0011[2]

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日本橋大伝馬町
日本橋大伝馬町
日本橋大伝馬町の位置
北緯35度41分22.7秒 東経139度46分43.16秒
日本
都道府県 東京都
特別区 中央区
地域 日本橋地域
人口
2019年(令和元年)9月1日現在)[1]
  合計 1,730人
等時帯 UTC+9 (日本標準時)
郵便番号
103-0011[2]
市外局番 03[3]
ナンバープレート 品川
江戸時代の大伝馬町(現:大伝馬町一丁目辺り)。長屋形式の店舗に木綿問屋が並ぶ
歌川広重名所江戸百景』「大伝馬町呉服店」。三井越後屋白木屋と並んで江戸三大呉服店と呼ばれた「大丸屋」の前を通る棟梁送りの様子。
べったら市(2009年10月20日撮影)

概要

江戸最古の町の一つであり、最大のメイン通りである日光奥州街道で賑わいを見せた町で、神田祭などの筆頭氏子町会として山車を引いたことで知られる。現在はオフィス等連なる町並みで、べったら市などで賑わいを見せる街である。

江戸最大の繊維問屋街として名をはせるようになり、往時「木綿店」と通称された一角には、江戸時代には木綿問屋が74軒あり、その中でも6割以上が伊勢国(現在の三重県)の店が占め、かつ松坂出身の店が多くあった。また多数が戦後まで軒を並べていた。

地理

日本橋地域の北部に位置する。日本橋小伝馬町の南に隣する。東西方向に長い町域で、人形町通りが南北に縦断し、中央部を東西に通る道路は、大伝馬本町通りと呼ばれる。

世帯数と人口

2019年(令和元年)9月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]

町丁世帯数人口
日本橋大伝馬町 1,012世帯 1,730人

小・中学校の学区

区立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[4]

番地小学校中学校
全域中央区立日本橋小学校中央区立日本橋中学校

地域

企業

観光

名所史跡
  • 日光奥州街道 - 大伝馬本町通りが該当。
  • 蔦屋耕書堂 - 地本問屋で主人は蔦屋重三郎。1773年(安永2年)、重三郎は吉原大門の前に書店を開き、初めは吉原細見(店ごとに遊女の名を記した案内書)の販売、出版から出版業に関わって、山に蔦の印の箱看板を出していて、蔦重〔つたじゅう〕と呼ばれていた。1783年(天明3年)に日本橋大伝馬町に移転してきた。山東京伝曲亭馬琴十返舎一九などの作家や絵師を抱えていた。浮世絵を出版し、喜多川歌麿東洲斎写楽を見出した。1802年(享和2年)に出版された葛飾北斎の『絵本東都遊』に店先の様子が描かれている。

交通

道路
  • 大伝馬本町通り
  • 人形町通り

関連項目

脚注

  1. 町丁目別世帯数男女別人口”. 中央区 (2019年9月3日). 2019年9月23日閲覧。
  2. 郵便番号”. 日本郵便. 2019年8月30日閲覧。
  3. 市外局番の一覧”. 総務省. 2017年12月31日閲覧。
  4. 区立学校一覧”. 中央区 (2017年8月17日). 2019年8月30日閲覧。

外部リンク

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