数藤五城

数藤 五城(すどう ごじょう、1872年2月2日明治4年12月24日) - 1915年大正4年)8月21日)は、日本の俳人教育者第一高等学校教授正岡子規門人。本名は斧三郎、短歌での筆名は小野三郎。

数藤斧三郎像 中村彝

略歴

1872年2月2日(明治4年12月24日)、島根県に生まれる。10歳の頃、数藤家の養子となり、島根県尋常中学校(現島根県立松江北高等学校)、東京大学理科大学講習科を卒業する。第一高等学校の数学教授として勤務し、俳句を正岡子規に学び、短歌を斎藤茂吉に師事する。子規から『著き進歩を現したる者』として『東京に五城あり、越後に香墨あり、大阪に青々あり』とし、『五城亦昨年始めて之を見る。錬磨不撓、一日一日より進む。前途望多し。』と評されている。1915年(大正4年)8月21日に死去、享年45。

句集

親族

脚注

  1. 小山博也『埼玉県政と知事の歴史的研究』新興出版社、1996年、378頁。

参考

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