性的指向

性的指向(せいてきしこう、: sexual orientation)は、同じまたは異なる性別ジェンダー間において恋愛(ロマンチック・ラブ)性愛、または性的魅力を感じるパターンであり、異性愛(ヘテロセクシュアリティ)、同性愛(ホモセクシュアリティ)、両性愛(バイセクシュアリティ)などがある[1][2]無性愛を含む場合もある[3][4]。これ以外にも、性的アイデンティティを表すカテゴリーとして、全性愛(パンセクシュアリティ)、多性愛(ポリセクシュアリティ)などがある[1][5]

定義

性的指向の定義については一定していない。日本法務省は性的指向を「人の恋愛・性愛がどういう対象に向かうのかを示す概念」とし、具体例として「恋愛・性愛の対象が異性に向かう異性愛(ヘテロセクシュアル)」「同性に向かう同性愛(ホモセクシュアル)」「男女両方に向かう両性愛(バイセクシュアル)」を挙げている[6]日本経済団体連合会は「いずれの性別を恋愛等の対象とするかを示すもの」と定義している[7]日本労働組合総連合会は性的指向を「好きになる性」[8]「人の恋愛感情や性的な関心がいずれかの性に向かう指向」[9]と定義している。

アメリカ心理学会によれば、性的指向とは「こうした性的魅力を感じることや、関連する行動、および同じ性的指向を共有するコミュニティの成員であるという意識などに基づいた個人のアイデンティティに対する感覚」である[10][1][11]

行動科学においては、男性男らしさに対して性的魅力を感じるアンドロフィリア(Androphilia)や、女性女らしさに対して性的魅力を感じるガイネフィリア(gynephilia)なども性別二元制に替わる性的指向を指す表現として使用される[12]

当事者等による定義

性的指向に「恋愛感情」を含めることの是非については、性・恋愛・ジェンダー少数者の当事者や支援者の間では意見が分かれている。

LGBT法連合会は「人の恋愛感情や性的な関心がいずれの性別に向かうかの指向」とし、具体例として「同性愛」「異性愛」「両性愛」を挙げている[13]。また、一般社団法人LGBT理解増進会も性的指向を「恋愛の対象」「好きになる性別」と定義しており、具体例として「同性愛」「両性愛」「全性愛」「無性愛」「非性愛」を挙げている[14]

一方、性的指向と恋愛指向の混同に反対する当事者も存在する。2021年1月4日アセクシャルやアロマンティックを含む当事者団体である日本SRGM連盟は「性的指向と恋愛指向の混同は人権侵害である」とする声明を出した[15][16]。日本SRGM連盟は法務省が性的指向を「人の恋愛・性愛がどういう対象に向かうのかを示す概念」としていることについて「広義の性的少数者への人権侵害を助長しかねない」としている[16]。また、法務省が性的指向の具体例を異性愛・同性愛・両性愛に限定していることについて「Aceスペクトラムの人たちについては、その存在すら認めていない」と非難している[15]。同様の声明は従来のLGBT団体からは出されていなかったという[16]

性的嗜好と性的指向

性的嗜好sexual preference)と性的指向(sexual orientation)はその意味が大きく重なる用語である。心理学研究では英語の含意から、性的嗜好は自発的選択の結果得られた後天的性質[17][18][19]、性的指向は生来不変である先天的性質として区別されている[20][21][22]。sexual preferenceの用語はレズビアン、ゲイ、バイセクシャルの人々に自発的選択の帰結であるという印象を与えるため、1991年にアメリカ心理学会が、sexual orientationの用語を使用することを推奨するという指針を表明したことによりこの語が成立したという経緯がある[17]。よってそれ以降、心理学、精神医学などの学術的分野では、sexual orientationの用語が用いられるようになった。

なおアメリカ精神医学会は、性嗜好異常(性的倒錯)としての「性障害および性同一性障害」に、露出症フェティシズム窃触症児童性愛サディズムマゾヒズムなどの性的嗜好性欲対象を分類している[23]。および世界保健機関疾病及び関連保健問題の国際統計分類[24]では、性同一性障害(F64)として性転換症や両性役割服装倒錯症等が、性嗜好障害(F65)として露出症以下(同上記)が、「性の発達と方向づけに関連した心理および行動の障害」(F66)で性成熟障害や性関係障害などが分類されているが、「性的指向そのものは障害と見なさない」という注釈が付加されている[25]

用語

主な性的指向の定義。

  • 異性愛(いせいあい)とは、自身の性別とは異なる性別の者へ恋愛感情や性的願望を抱くこと。ヘテロセクシュアル。
  • 同性愛(どうせいあい)とは、自身の性別と同じ性別の者へ恋愛感情や性的願望を抱くこと。ホモセクシュアル、レズビアン、ゲイ。
  • 両性愛(りょうせいあい)とは、「男女」という2つの性の両方へ恋愛感情や性的願望を抱くこと。男女が恋愛対象のバイが殆どを占める。他にも、男性とトランスジェンダー男体持ち、女性とトランスジェンダー男体持ち、女性とトランスジェンダー女体持ちなどの組み合わせもある。バイセクシュアル。
  • 多性愛(たせいあい)とは、「男女」のほか、トランスジェンダー、トランスセクシュアル、両性具有などを含め、3つ以上の性の者へ恋愛感情や性的願望を抱くこと。ポリセクシュアル。
  • 全性愛(ぜんせいあい)とは、「男女」のほか、トランスジェンダー、両性具有などを含め、あらゆる人々に恋愛感情や性的願望を抱くこと。パンセクシュアル。

なお異性愛、同性愛、両性愛などの定義において、何を以って異性、同性、両性などと呼ぶのか、という基準は複数ある。例えば、性自認を基準とする場合、シスジェンダー男体持ちがトランスジェンダー男体持ちを性対象とするのはヘテロセクシュアルであるが、肉体的性を基準とする場合にはホモセクシュアルである。詳しくは後述

ゲイライターの伏見憲明は、自身の性的指向は、「マスターベーションをする時に、どの性を想像するかで分かる」と主張している[26]。ただし、厳密にその人の性的快楽や興奮の対象の性別と実際の恋愛対象や性交の対象となる性別が一致する必要はないと考えられる。詳しくは同性愛の「同性愛の定義」の項の「同性に対して性欲を感じる人」、フェティシズムの「フェティシズムの誤用」の項、および恋愛的指向の記事も参照。

※動物にも異性愛以外の性的指向は存在する。(参考:動物の同性愛

※稀な事例ではあるが、抗精神病薬であるエビリファイの服薬により、新しい性的指向が開発されたとする事例がある。患者は、罪悪感のためにこれらに言及するのは困難とされる[27][28]

セクシュアル・バリエーション

異性愛や同性愛などの定義は簡単なようで難しく、場面や論者によって様々である。なぜならば、「異性・同性とは何か?」という問題が生じるからである

精神的にも肉体的にも戸籍上でも同一の性別どうしでの恋愛・性愛的な側面を含む愛情は同性愛であり、精神的にも肉体的にも戸籍上でも異なる性別どうしのそれは異性愛である

では「精神的にも肉体的にも戸籍上でも」という条件が満たされない場合はどうか

例えば、身体的には男性である性同一性障害者 (MtF-GID) は、典型的には男性を恋愛対象とするので(女性を恋愛対象とする場合もある)、それは男性同性愛のように見える。しかし、その人の性同一性はあくまでも女性であり、その人の主観においては「女性として」男性を恋愛対象としている

現在は、このような性同一性障害者を「異性愛女性」と見なし、男性同性愛に含まない。また男性から女性に移行した性同一性障害者が、女性を恋愛対象とするならば、その人はMtFレズビアン又はレズビアンと呼ばれる。同様にして女性の性同一性障害(FtM-GID) で男性が恋愛対象のものはFtMゲイ又はゲイと呼ばれる

ただし、生物学、特に発生生物学的には、遺伝子的に男性として生まれた性同一性障害者は、その人が男性を恋愛対象とするならば、たとえ心理的に女性であったとしても、男性同性愛となる。WHOや米国精神医学会など世界の趨勢は、性同一性障害については、本人が性別適合を望む方向の性を認知すべきだとする考えが主流であり、このWHO見解は日本政府も受け入れている

また半陰陽者のように、身体的・あるいは遺伝子的に異常が生じ、医学的に男性に属すとも、あるいは女性に属すとも決定できない人もいる。彼らに対して異性愛/同性愛を定義するためには、性同一性か行動様式か、その場合の議論の目的によって何らかの基準を定めて便宜上の定義を与えるほかなく、そもそも「異性愛」「同性愛」というカテゴライズ自体の有意性さえ疑問が生じてくる。

人権と性的指向

性的指向と性同一性は直接の関連性はないが、共に人間の性の問題であり、それらに由来する基本的人権の蹂躙などの問題は、国際人権法に基いて改善が目指されており、国際連合国際機関の諸文書において議論されることが一般的となっている。[29]

アパルトヘイト廃止後の1996年に採択された南アフリカ共和国憲法は、その第2章第9項の法の下の平等に関して人種、性別、言語、文化、障害、年齢に加え、性的指向による差別禁止を明記した。

2004年にEU首脳会議で採択された欧州憲法の「第二部連合基本権憲章,第三編平等 第II-81 (II-21)条 無差別」では、国民的少数者障害年齢と共に性的指向による差別の禁止が明記された[30]。ただし、フランスとオランダは批准を拒否したため欧州憲法は未発効となり、2007年に大幅に修正された改革条約(リスボン条約)が署名された(発効は2009年)[31]

国際オリンピック委員会(IOC)は2014年末、オリンピック憲章が掲げる「オリンピズムの根本原則」の第6項に「性的指向」による差別の禁止を加え、「. このオリンピック憲章の定める権利および自由は人種、肌の色、性別、性的指向、言語、宗教、 政治的またはその他の意見、 国あるいは社会のルーツ、 財産、 出自やその他の身分など の理由による、 いかなる種類の差別も受けることなく、 確実に享受されなければならない。」と改訂した[32]

性的指向を取り巻く諸状況

日本ではLGBTは「オカマ」「変態」「オトコオンナ」などと笑いやいじめの対象になりカムアウトできない背景が続いてきた[33]。しかし、近年の日本は2008年12月の国連総会で「性的指向と性同一性に基づく差別の撤廃と人権保護の促進を求める」旨の声明を支持した[34]、なお、同声明にアメリカ合衆国、中国、韓国、ロシアなどは支持しなかった[34]

2020年10月現在、G7フランスアメリカ合衆国イギリスドイツ、日本、イタリアカナダ)のうち、同性結婚もシビル・ユニオンも法制化されていない国は日本のみである。

脚注

注釈

    出典

    1. Sexual orientation, homosexuality and bisexuality”. American Psychological Association. 2013年8月8日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年8月10日閲覧。
    2. Sexual Orientation”. American Psychiatric Association. 2011年7月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年1月1日閲覧。
    3. Melby, Todd (November 2005). “Asexuality gets more attention, but is it a sexual orientation?”. Contemporary Sexuality 39 (11): 1, 4–5.
    4. Marshall Cavendish Corporation, ed (2009). “Asexuality”. Sex and Society. 2. Marshall Cavendish. pp. 82–83. ISBN 978-0-7614-7905-5. https://books.google.com/books?id=aVDZchwkIMEC&pg=PA82 2013年2月2日閲覧。
    5. Firestein, Beth A. (2007). Becoming Visible: Counseling Bisexuals Across the Lifespan. Columbia University Press. p. 9. ISBN 0231137249. https://books.google.com/books?id=1pCKkZmBU1EC&pg=PA9 2012年10月3日閲覧。
    6. 性的指向及び性自認を理由とする偏見や差別をなくしましょう”. 法務省. 2021年1月14日閲覧。
    7. ダイバーシティ・インクルージョン社会の実現に向けて”. 一般社団法人日本経済団体連合会. 2021年1月14日閲覧。
    8. 「LGBT」「SOGI(性的指向・性自認)」ってなに?”. 日本労働組合総連合会. 2021年1月14日閲覧。
    9. 気が付いてる?「LGBT」「SOGI」ってなに?”. 日本労働組合総連合会. 2021年1月14日閲覧。
    10. sexual orientation "also refers to a person's sense of identity based on those attractions, related behaviors, and membership in a community of others who share those attractions".
    11. Case No. S147999 in the Supreme Court of the State of California, In re Marriage Cases Judicial Council Coordination Proceeding No. 4365(...) - APA California Amicus Brief — As Filed (PDF)”. p. 30. 2013年3月13日閲覧。
    12. Schmidt J (2010). Migrating Genders: Westernisation, Migration, and Samoan Fa'afafine, p. 45 Ashgate Publishing, Ltd., 978-1-4094-0273-2
    13. 性の多様性(図解)”. LGBT法連合会. 2021年1月14日閲覧。
    14. LGBTって何?”. LGBT理解増進会. 2021年1月14日閲覧。
    15. 【声明】性的指向と恋愛指向の混同は人権侵害である”. 日本SRGM連盟. 2021年1月7日閲覧。
    16. 「性的指向と恋愛指向の混同は人権侵害」性的少数者団体が声明”. 選報日本. 2021年1月7日閲覧。
    17. “Avoiding Heterosexual Bias in Language”. American Psychological Association. http://www.apa.org/pi/lgbt/resources/language.aspx. "The term sexual orientation is preferred to sexual preference for psychological writing and refers to sexual and affectional relationships of lesbian, gay, bisexual, and heterosexual people. The word preference suggests a degree of voluntary choice that is not necessarily reported by lesbians and gay men and that has not been demonstrated in psychological research."
    18. Friedman, Lawrence Meir (1990). The republic of choice: law, authority, and culture. Harvard University Press. p. 92. ISBN 978-0-674-76260-2. https://books.google.com/books?id=Z6iYwTFY5mIC&lpg=PA92 2012年1月8日閲覧。
    19. Heuer, Gottfried (2011). Sexual revolutions: psychoanalysis, history and the father. Taylor & Francis. p. 49. ISBN 978-0-415-57043-5. https://books.google.com/books?id=d3s_vH5YV-gC&lpg=PA49 2011年1月8日閲覧。
    20. Frankowski BL; American Academy of Pediatrics Committee on Adolescence (June 2004). “Sexual orientation and adolescents”. Pediatrics 113 (6): 1827–32. doi:10.1542/peds.113.6.1827. PMID 15173519. http://pediatrics.aappublications.org/content/113/6/1827.long.
    21. Gloria Kersey-Matusiak (2012). Delivering Culturally Competent Nursing Care. Springer Publishing Company. p. 169. ISBN 0826193811. https://books.google.com/books?id=X8O_wGedAYoC&pg=PA169 2016年2月10日閲覧. "Most health and mental health organizations do not view sexual orientation as a 'choice.'"
    22. Lamanna, Mary Ann; Riedmann, Agnes; Stewart, Susan D (2014). Marriages, Families, and Relationships: Making Choices in a Diverse Society. Cengage Learning. p. 82. ISBN 1305176898. https://books.google.com/books?id=fofaAgAAQBAJ&pg=PA82 2016年2月11日閲覧. "The reason some individuals develop a gay sexual identity has not been definitively established  – nor do we yet understand the development of heterosexuality. The American Psychological Association (APA) takes the position that a variety of factors impact a person's sexuality. The most recent literature from the APA says that sexual orientation is not a choice that can be changed at will, and that sexual orientation is most likely the result of a complex interaction of environmental, cognitive and biological factors...is shaped at an early age...[and evidence suggests] biological, including genetic or inborn hormonal factors, play a significant role in a person's sexuality (American Psychological Association 2010)."
    23. 精神障害の診断と統計マニュアル』第4版DSM-IV-TR「11章 性障害および性同一性障害(Sexual and Gender Identity Disorders)」
    24. (International Statistical Classification of Diseases and Related Health Problems),ICD-10 第5章:精神と行動の障害(F60-F69) 成人のパーソナリティおよび行動の障害:F64 性同一性障害
    25. ICD-10 第5章:精神と行動の障害F66,Psychological and behavioural disorders associated with sexual development and orientation. Note:Sexual orientation by itself is not to be regarded as a disorder.
    26. 『プライベート・ゲイ・ライフ―ポスト恋愛論』(学陽書房,伏見憲明)。
    27. Mété D, Dafreville C, Paitel V, Wind P. (2016-2-25). “[Aripiprazole, gambling disorder and compulsive sexuality].”. Encephale. S0013-7006 (16): 00004-X. doi:10.1016/j.encep.2016.01.003. PMID 26923999.
    28. Grall-Bronnec M, Sauvaget A, Perrouin F, Leboucher J, Etcheverrigaray F, Challet-Bouju G, Gaboriau L, Derkinderen P, Jolliet P, Victorri-Vigneau C. (2016-2). “Pathological Gambling Associated With Aripiprazole or Dopamine Replacement Therapy: Do Patients Share the Same Features?”. J Clin Psychopharmacol. 36 (1): 63-70. doi:10.1097/JCP.0000000000000444. PMC: 4700874. PMID 26658263. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4700874/.
    29. BORN FREE AND EQUAL - Sexual orientation and gender identity in international human rights law (国際連合人権高等弁務官事務所、2012年)
    30. 中村民雄「欧州憲法条約 ―解説及び翻訳―」衆憲資第 56号,衆議院憲法調査会事務局,平成16年9月.p.88.
    31. 「欧州憲法条約」朝日新聞出版発行「知恵蔵」
    32. JOC - オリンピズム | オリンピック憲章”. www.joc.or.jp. 2020年10月30日閲覧。
    33. 村木真紀「虹色ダイバーシティ(1) 職場で働く性的少数者たち |性的マイノリティの目線から見える社会」大阪同和・人権問題企業連絡会
    34. NHKオンライン-虹色 「国連総会で人権と性的指向・性自認に関する声明が提出」

    関連項目

    外部リンク

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