御厨古墳群

御厨古墳群(みくりやこふんぐん)は、静岡県磐田市鎌田・新貝にある古墳群。5基が国の史跡に指定されている。

御厨古墳群

松林山古墳
種類古墳群
所在地静岡県磐田市鎌田・新貝
座標北緯34度43分10.48秒 東経137度53分16.70秒
御厨古墳群
御厨古墳群の位置

概要

静岡県西部、天竜川東岸の磐田原台地南東縁、太田川が形成する沖積平野を望む位置に営造された古墳群である。古墳時代前期の前方後円墳円墳から構成される[1]。現存する主な古墳としては松林山古墳・稲荷山古墳・秋葉山古墳・高根山古墳・御厨堂山古墳の5基があり、松林山古墳では1931年昭和6年)に主体部の発掘調査が、他の4基では1997-1998年度(平成9-10年度)に確認調査が実施されている[2]

古墳群のうち最大規模の松林山古墳は、墳丘長107メートルを測る大型前方後円墳で、古墳時代前期の4世紀後半頃の築造と推定される[3]。1931年の発掘調査で多くの遺物が出土しており、その様相からはヤマト王権との強い結びつきが示唆される[3]。秋葉山古墳・稲荷山古墳は、松林山古墳と同時期の4世紀後半頃と推定されるが、築造方法からは在地豪族の墓と見られる[3]。高根山古墳は古墳時代中期の4世紀末頃の築造と推定され、松林山古墳の後継首長墓と位置づけられる[3]。また御厨堂山古墳は古墳時代中期の5世紀代の築造であるが、6世紀代の造り替えが認められる[3]。その他にも一帯では、三角縁四神四獣鏡(静岡県指定有形文化財)が出土した経塚古墳(非現存)や目隠山古墳など、数多くの古墳が分布する。

この御厨古墳群は、古墳時代前期-中期の営造と推定される。古墳群の様相からは、松林山古墳→高根山古墳→目隠山古墳・御厨堂山古墳という中央とのつながりが強い一族と、経塚古墳→秋葉山古墳→稲荷山古墳→新貝17号墳という別の一族の2つの並行する首長墓系譜が想定される[4]。また、特に松林山古墳は静岡県では代表的な前期古墳であり、その他の古墳もこの地域の有力古墳であることから、遠江地方の古墳時代を考察するうえで重要視される古墳群になる[2][5]

5基の古墳域は2001年(平成13年)に国の史跡に指定されている[1]

一覧

御厨古墳群の一覧[2][3]
古墳名 所在地 座標 形状 規模 出土品 築造時期 備考
主な古墳5基(国の史跡)
松林山古墳磐田市新貝位置前方後円墳墳丘長107m銅鏡・釧・琴柱形石製品・
玉・刀・埴輪ほか
4世紀後半1931年発掘調査
稲荷山古墳位置前方後円墳墳丘長48m土器4世紀後半1997-1998年度確認調査
秋葉山古墳位置円墳直径54m土器4世紀後半1997-1998年度確認調査
高根山古墳磐田市鎌田位置円墳直径52m埴輪4世紀末1997-1998年度確認調査
御厨堂山古墳位置前方後円墳墳丘長50m刀・斧・土器5世紀明治後半発掘[4]
1997-1998年度確認調査
その他
経塚古墳磐田市新貝位置前方後円墳墳丘長90m銅鏡4世紀前半1985-1886年に銅鏡出土
墳丘は非現存(東海道本線建設で消滅)
出土三角縁神獣鏡は静岡県指定有形文化財
新貝17号墳
(連城寺5号墳)
位置円墳直径30m銅鏡5世紀前半墳丘は非現存
目隠山古墳磐田市鎌田位置円墳南北35m
東西33m
5世紀代

文化財

国の史跡

  • 御厨古墳群 - 2001年(平成13年)3月26日指定[1]

脚注

  1. 御厨古墳群 - 国指定文化財等データベース(文化庁
  2. 磐田の文化財 2009.
  3. 御厨古墳群パンフレット 2009.
  4. 新いわた文化財だより 第6号 (PDF) (磐田市教育委員会文化財課、2005年(リンクは磐田市ホームページ))。
  5. 御厨古墳群(国指定史跡).

参考文献

  • 史跡説明板(磐田市教育委員会、2005年設置)
  • 「国史跡御厨古墳群」 (PDF) (磐田市教育委員会文化財課、2009年)。 - リンクは磐田市立図書館「いわたデジタルアーカイブ」。
  • 「御厨古墳群」『磐田の文化財』磐田市教育委員会、2009年。
  • 御厨古墳群」『国指定史跡ガイド』講談社 - リンクは朝日新聞社「コトバンク」。

外部リンク

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