康応

康応こうおう旧字体康應は、日本南北朝時代元号の一つ。北朝方にて使用された。嘉慶の後、明徳の前。1389年から1390年までの期間を指す。この時代の天皇は、北朝方が後小松天皇。南朝方が後亀山天皇室町幕府将軍は足利義満

改元

病事とは、前年に近衛兼嗣二条良基と摂関が2代続けて死去したことなどを指すと考えられている[1]

出典

文選曹植七啓の「国静民、神烋臻、屢獲嘉祥」から。勘申者は菅原秀長

康応期におきた出来事

元年(1389)

西暦との対照表

※は小の月を示す。

康応元年(己巳一月二月※三月四月※五月※六月※七月八月※九月十月十一月※十二月
元中六年
ユリウス暦1389/1/282/273/284/275/266/247/238/229/2010/2011/1912/18
康応二年(庚午一月二月三月※閏三月※四月五月※六月※七月八月※九月十月※十一月十二月
元中七年
ユリウス暦1390/1/172/163/184/165/156/147/138/119/1010/911/812/71391/1/6

脚注

  1. 北爪真佐夫「元号と武家」(初出:『札幌学院大学人文学会紀要』第68号(2000年9月)/所収:北爪『文士と御家人』(青史出版、2002年) ISBN 978-4-921145-13-2)。

関連項目

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