平岡準

平岡 準(ひらおか じゅん、生没年不詳)は、幕末幕臣明治時代の官吏大阪西町奉行外国奉行勘定奉行宇和島県参事。諱は準、通称は四郎兵衛、越中守、和泉守[1]

経歴

小姓組平岡鐘之助の養子[1]1863年文久2年12月)書院番講武所砲術教授方出役より歩兵頭並に転じ、1863年(文久3年5月)京都に派遣され、1865年(慶応元年4月)同地で歩兵頭並に進んだ[1]

1867年(慶応3年1月)京都在勤中に大阪西町奉行に任じ、同月中に辞任した[1]。数か月寄合にあって、同年8月に目付に任じ、和泉守を称した[1]。同年10月、外国奉行に転じ、1868年(明治元年2月)勘定奉行に進み、公事方、勝手方も務めた[1]

維新後は、静岡県権少参事を経て[2]1871年(明治4年11月)宇和島県参事に任じた[3]

脚注

  1. 日本歴史学会 1981, 820頁.
  2. 『静岡県権少参事平岡準辞職ノ件』 - 国立公文書館デジタルアーカイブ、明治4年10月。
  3. 保科 1882, 248頁.

参考文献

  • 保科保 編 『地方沿革略譜』 報告社、1882年https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/784650
  • 日本歴史学会 編 『明治維新人名事典』 吉川弘文館、1981年。ISBN 9784642031141。
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