天保

天保てんぽう日本元号の一つ。文政の後、弘化の前。1831年[1]から1845年[2]までの期間を指す。この時代の天皇仁孝天皇江戸幕府将軍は徳川家斉徳川家慶

改元

勘者として式部大輔の桑原為顕・同権大輔の高辻以長・文章博士の唐橋在久の3名が知られ、桑原の勘進した案の中に「天保」があったことが知られている。後述のような曰くのある元号であったが、朝議でもその後の幕府への内慮でも特段の異論が出ずに改元が実施されている[3]

出典

「欽崇道、永天命。(欽んでを崇べば、永く天命をんず。)」(『尚書』- 仲虺之誥)。

なお、この元号は平安時代後期仁平4年(1154年)の改元の際にも最終候補に挙げられたものの、当時の左大臣藤原頼長が「天保」を≪一大人只十≫(付き従う臣民がたった10人)と読めるので縁起が悪いと猛反対したために久寿に差し替えられたという故事がある。

天保年間の出来事

誕生

死去

西暦との対照表

※は小の月を示す。

天保元年(庚寅一月※二月※三月閏三月※四月五月※六月※七月八月九月※十月十一月十二月
グレゴリオ暦1830/1/252/233/244/235/226/217/208/189/1710/1711/1512/151831/1/14
ユリウス暦1830/1/132/113/124/115/106/97/88/69/510/511/312/31831/1/2
天保二年(辛卯一月※二月三月※四月※五月※六月七月※八月九月※十月十一月十二月
グレゴリオ暦1831/2/133/144/135/126/107/98/89/610/611/412/41832/1/3
ユリウス暦1831/2/13/24/14/305/296/277/278/259/2410/2311/2212/22
天保三年(壬辰一月二月※三月四月※五月※六月※七月八月※九月十月※十一月閏十一月十二月
グレゴリオ暦1832/2/23/34/15/15/306/287/278/269/2410/2411/2212/221833/1/21
ユリウス暦1832/1/212/203/204/195/186/167/158/149/1210/1211/1012/101833/1/9
天保四年(癸巳一月※二月三月※四月五月※六月※七月八月※九月十月※十一月十二月
グレゴリオ暦1833/2/203/214/205/196/187/178/159/1410/1311/1212/111834/1/10
ユリウス暦1833/2/83/94/85/76/67/58/39/210/110/3111/2912/29
天保五年(甲午一月※二月三月四月※五月六月※七月※八月九月※十月十一月※十二月
グレゴリオ暦1834/2/93/104/95/96/77/78/59/310/311/112/112/30
ユリウス暦1834/1/282/263/284/275/266/257/248/229/2110/2011/1912/18
天保六年(乙未一月※二月三月四月※五月六月七月※閏七月※八月九月※十月十一月※十二月
グレゴリオ暦1835/1/292/273/294/285/276/267/268/249/2210/2211/2012/201836/1/18
ユリウス暦1835/1/172/153/174/165/156/147/148/129/1010/1011/812/81836/1/6
天保七年(丙申一月※二月三月※四月五月六月※七月八月※九月十月※十一月十二月※
グレゴリオ暦1836/2/173/174/165/156/147/148/129/1110/1011/912/81837/1/7
ユリウス暦1836/2/53/54/45/36/27/27/318/309/2810/2811/2612/26
天保八年(丁酉一月二月※三月四月※五月六月※七月八月九月※十月十一月※十二月
グレゴリオ暦1837/2/53/74/55/56/37/38/18/319/3010/2911/2812/27
ユリウス暦1837/1/242/233/244/235/226/217/208/199/1810/1711/1612/15
天保九年(戊戌一月※二月三月※四月閏四月※五月※六月七月八月※九月十月十一月※十二月
グレゴリオ暦1838/1/262/243/264/245/246/227/218/209/1910/1811/1712/171839/1/15
ユリウス暦1838/1/142/123/144/125/126/107/98/89/710/611/512/51839/1/3
天保十年(己亥一月※二月三月※四月※五月六月※七月八月※九月十月十一月十二月※
グレゴリオ暦1839/2/143/154/145/136/117/118/99/810/711/612/61840/1/5
ユリウス暦1839/2/23/34/25/15/306/297/288/279/2510/2511/2412/24
天保十一年(庚子一月二月三月※四月※五月※六月七月※八月九月※十月十一月十二月
グレゴリオ暦1840/2/33/44/35/25/316/297/298/279/2610/2511/2412/24
ユリウス暦1840/1/222/213/224/205/196/177/178/159/1410/1311/1212/12
天保十二年(辛丑一月※閏一月二月※三月四月※五月※六月七月※八月九月※十月十一月十二月※
グレゴリオ暦1841/1/232/213/234/215/216/197/188/179/1510/1511/1312/131842/1/12
ユリウス暦1841/1/112/93/114/95/96/77/68/59/310/311/112/112/31
天保十三年(壬寅一月二月三月※四月五月※六月※七月八月※九月十月※十一月十二月※
グレゴリオ暦1842/2/103/124/115/106/97/88/69/510/411/312/21843/1/1
ユリウス暦1842/1/292/283/304/285/286/267/258/249/2210/2211/2012/20
天保十四年(癸卯一月二月三月四月※五月六月※七月※八月九月※閏九月十月※十一月十二月※
グレゴリオ暦1843/1/303/13/314/305/296/287/278/259/2410/2311/2212/211844/1/20
ユリウス暦1843/1/182/173/194/185/176/167/158/139/1210/1111/1012/91844/1/8
天保十五年(甲辰一月二月三月※四月五月※六月七月※八月九月※十月十一月※十二月
グレゴリオ暦1844/2/183/194/185/176/167/158/149/1210/1211/1012/101845/1/8
ユリウス暦1844/2/63/74/65/56/47/38/28/319/3010/2911/2812/27

脚注

  1. 文政から天保への改元が行われたのはグレゴリオ暦1831年1月23日であり、和暦が新年を迎えないうちに西暦だけが新年を迎えている期間であった。天保元年は西暦1831年1月23日から同2月12日までの短い期間であるため、和暦と西暦を一対一で対応させようとする場合、文政13年=天保元年=西暦1830年、天保2年=西暦1831年となって実際とはずれが生じる。
  2. 天保から弘化への改元が行われたのはグレゴリオ暦1845年1月9日であり、和暦が新年を迎えないうちに西暦だけが新年を迎えている期間であった。弘化元年は西暦1845年1月9日から同2月6日までの短い期間であるため、和暦と西暦を一対一で対応させようとする場合、天保15年=弘化元年=西暦1844年、弘化2年=西暦1845年となって実際とはずれが生じる。
  3. 久保貴子「改元にみる朝幕関係」『近世の朝廷運営-朝幕関係の展開-』(岩田書院、1998年) ISBN 4-87294-115-2 P274-276
  4. 古文書に残る「天保の大冷害」稲刈り中に大雪『朝日新聞』1976年(昭和51年)10月4日朝刊、13版、22面
  5. 和蘭国使節来朝外交勧告ノ事』、多田好問『岩倉公実記』。1906年。

関連項目

This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.