大石寺住職一覧

大石寺住職一覧(たいせきじじゅうしょくいちらん)は、日蓮正宗総本山である大石寺の歴代住職の一覧。

概要

日蓮正宗において法主は、総本山大石寺の住職(貫主)であり、日蓮正宗の管長である。僧侶の中からただ一人が、先代の法主から日蓮以来の血脈相承を受けて法主となる。日蓮正宗の僧侶の階級では「大僧正」となる。ちなみに、日蓮正宗の本尊を書写できるのも法主ただ一人に限られる、との宗教的主張も特徴のひとつである。

近年、日蓮正宗から分派団体が発生する場合、分派した新しい団体は、それまで是としていた血脈を必ず否定する傾向がある。

一覧

大石寺の歴代住職は次表の通り[1][2][3][4][注釈 1]

凡例
日本にグレゴリオ暦が導入された1873年以前の日付は、その時々に用いられていた太陰太陽暦による和暦の年月日のうち、年は西暦紀元に換算し、月日はそのままに記したものである。したがって、実際の西暦(ユリウス暦・グレゴリオ暦)の日付とは異同がある。また、年末年始の日付のものについては、実際に対応する西暦の年とは、年が異なる場合がある。
日号 在位 誕生 - 遷化 没年齢、
存命は満年齢
〔()内は数え年
宗祖日蓮(にちれん)1222年2月16日 - 1282年10月13日60歳(61歳)
開山
2祖
日興(にっこう)1290年10月12日[5][6]-1333年[7]もしくは1332年11月[8]1246年3月8日 - 1333年2月7日86歳(88歳)
3祖日目(にちもく)(18世紀の書物には第2代ともある[注釈 2]1333年[7]もしくは1332年11月[8]-1333年10月[9][10]1260年 - 1333年11月15日(74歳)
4世日道(にちどう)1336年[11]もしくは1333年10月[9][10]-1339年6月[12]15日1283年 - 1341年2月26日(59歳)
5世日行(にちぎょう)1339年6月[12]15日 - 1365年2月15日?- 1369年8月13日
6世日時(にちじ)1365年2月15日 - 1406年6月4日?- 1406年6月4日
7世日阿(にちあ)1406年6月4日 - 1407年3月10日?- 1407年3月10日
8世日影(にちえい)1407年3月10日 - 1419年8月4日1353年11月7日 - 1419年8月4日66歳(67歳)
9世日有(にちう)1419年8月4日 - 1467年
1472年 - 1482年9月
1402年4月16日 - 1482年9月29日80歳(81歳)
10世日乗(にちじょう)1467年 - 1470年?- 1472年11月20日
11世日底(にってい)1470年 - 1472年4月7日?- 1472年4月7日
12世日鎮(にっちん)1482年 - 1527年6月24日1469年 - 1527年6月24日(59歳)
13世日院(にちいん)1527年 - 1573年1518年 - 1589年7月6日(72歳)
14世日主(にっしゅ)1573年 - 1596年9月1日1555年 - 1617年8月17日(63歳)
15世日昌(にっしょう)1596年9月1日 - 1607年
1611年 - 1622年4月7日
1562年 - 1622年4月7日(61歳)
16世日就(にちじゅ)1607年 - 1611年
1622年4月7日 - 1632年1月
1567年 - 1633年2月21日[13]もしくは1632年2月21日[14][15](66歳)
17世日精(にっせい)[注釈 3]1632年1月 - 1633年
1637年 - 1645年
1600年 - 1683年11月5日(84歳)
18世日盈(にちえい)[注釈 4]1633年 - 1637年8月1594年3月3日 - 1638年3月7日44歳(45歳)
19世日舜(にっしゅん)1645年10月27日 - 1652年1610年 - 1669年11月12日(60歳)
20世日典(にってん)1652年 - 1673年1611年 - 1686年9月21日(76歳)
21世日忍(にちにん)1673年 - 1680年1612年 - 1680年9月4日(69歳)
22世日俊(にっしゅん)1680年 - 1682年2月1637年 - 1691年10月29日(56歳)
23世日啓(にっけい)1682年2月 - 1692年6月7日1648年 - 1707年11月14日(61歳)[13][14]もしくは(59歳)[14]もしくは(60歳)[15]
24世日永(にちえい)1692年6月7日 - 1709年1650年 - 1715年2月24日(66歳)
25世日宥(にちゆう)1709年 - 1718年3月1669年 - 1729年12月28日(61歳)
26世日寛(にちかん)1718年[7]3月 - 1720年2月24日、
1723年6月4日 - 1726年5月26日
1665年8月7日 - 1726年8月19日61歳(62歳)
27世日養(にちよう)1720年2月24日 - 1723年6月4日1670年 - 1723年6月4日(54歳)
28世日詳(にっしょう)1726年5月26日 - 1732年9月19日1681年 - 1734年8月25日(54歳)
29世日東(にっとう)1732年9月19日 - 1736年1689年3月3日 - 1737年12月1日48歳(49歳)
30世日忠(にっちゅう)1736年 - 1740年9月19日1687年 - 1743年10月11日(57歳)
31世日因(にちいん)1740年9月19日 - 1750年9月11日1687年10月17日 - 1769年6月14日81歳(83歳)
32世日教(にっきょう)1750年9月11日 - 1756年8月1704年 - 1757年8月12日(54歳)
33世日元(にちげん)1756年8月 - 1764年9月27日、
1765年7月26日 - 1765年10月8日
1711年8月15日 - 1778年2月26日66歳(68歳)
34世日真(にっしん)1764年9月27日 - 1765年7月26日1714年 - 1765年7月26日(52歳)
35世日穏(にちおん)1765年10月8日 - 1770年4月8日1716年 - 1774年7月3日(59歳)
36世日堅(にっけん)1770年4月8日 - 1776年4月15日1717年 - 1791年10月3日(75歳)
37世日琫[注釈 5](にっぽう)1776年4月15日 - 1783年4月28日、
1785年2月20日 - 1785年6月24日、
1786年 - 1791年7月1日
1731年1月23日 - 1803年5月26日72歳(73歳)
38世日泰(にったい)1783年4月28日 - 1785年2月20日1731年 - 1785年2月20日(55歳)
39世日純(にちじゅん)1785年 - 1786年1736年 - 1801年7月30日(66歳)
40世日任(にちにん)1791年7月1日 - 1795年6月28日1747年 - 1795年8月25日(49歳)
41世日文(にちもん)1795年6月28日 - 1796年8月14日1751年 - 1796年8月14日(46歳)
42世日厳(にちごん)1796年9月23日 - 1797年7月11日1748年 - 1797年7月11日[13][16]もしくは1797年7月11日[17](50歳)
43世日相(にっそう)1799年11月7日 - 1803年10月1759年 - 1805年12月3日(47歳)
44世日宣(にっせん)1803年10月 - 1807年8月19日、
1808年5月8日 - 9月24日、
1817年1月27日 - 1817年2月16日
1760年 - 1822年1月7日(63歳)
45世日禮[13]もしくは日礼[16](にちれい)[18][19]1807年8月19日 - 1808年5月8日1763年 - 1808年5月8日(46歳)
46世日調(にっちょう)1808年9月24日 - 1814年4月11日、
1815年8月16日 - 1817年1月27日
1766年 - 1817年1月27日(52歳)
47世日珠(にっしゅ)1814年4月11日 - 1815年8月12日1769年 - 1816年9月22日(48歳)
48世日量(にちりょう)1817年2月16日 - 1820年8月、
1830年6月24日 - 1831年11月7日、
1836年5月
1771年2月18日 - 1851年5月29日80歳(81歳)
49世日荘(にっそう)1820年8月 - 1830年5月8日1773年 - 1830年5月8日(58歳)
50世日誠(にちじょう)1831年11月7日 - 1836年5月1日1795年 - 1836年5月1日(42歳)[20][16]もしくは(41歳)[17]
51世日英(にちえい)1836年5月 - 1853年6月20日、
1865年5月7日 - 1865年5月15日
1798年 - 1877年7月9日(80歳)
52世日霑(にちでん)1853年6月20日 - 1862年12月、
1865年5月15日 - 1869年11月1日、
1885年6月15日 - 1889年5月17日
1817年8月25日 - 1890年6月24日72歳(74歳)
53世日盛(にちじょう)1862年12月 - 1865年5月7日1831年10月11日 - 1892年6月25日60歳(62歳)
54世日胤(にちいん)1869年11月1日 - 1874年12月12日1829年3月16日 - 1880年6月2日51歳(53歳)[20][17]もしくは(52歳)[16]
55世日布(にっぷ)1874年12月12日 - 1885年6月15日1835年2月5日 - 1919年3月4日84歳(85歳)
56世日應[20]もしくは日応[16](にちおう)[18][19]1889年5月21日 - 1908年11月10日1848年11月15日 - 1922年6月15日73歳(75歳)
57世日正(にっしょう)1908年10月29日 - 1923年8月12日1861年12月18日 - 1923年8月18日61歳(60歳)[20][16]もしくは(63歳)[17]
58世日柱(にっちゅう)1923年8月12日 - 1926年3月8日1865年5月24日 - 1928年1月26日62歳(63歳)[20]もしくは(64歳)[16][17]
59世日亨(にちこう)1926年3月8日 - 1928年6月2日1867年2月24日 - 1957年11月23日90歳(91歳)
60世日開(にちかい)1928年6月2日 - 1935年6月1日1873年8月23日 - 1943年11月21日70歳(71歳)
61世日隆(にちりゅう)1935年6月1日 - 1937年10月2日、
1945年6月17日 - 1946年1月25日
1874年8月10日 - 1947年3月24日72歳(74歳)
62世日恭(にっきょう)1937年10月2日 - 1945年6月17日1869年9月16日 - 1945年6月17日75歳(77歳)
63世日満(にちまん)1946年1月25日 - 1947年1月15日1873年3月5日 - 1951年1月7日77歳(79歳)
64世日昇(にっしょう)1947年1月15日 - 1956年3月2日1879年9月24日 - 1957年10月14日78歳(79歳)
65世日淳(にちじゅん)1956年3月2日 - 1959年11月15日1898年10月10日 - 1959年11月17日61歳(62歳)
66世日達(にったつ)1959年11月15日 - 1979年7月22日1902年4月15日 - 1979年7月22日77歳(78歳)
67世日顕(にっけん)1979年7月22日 - 2005年12月15日1922年12月19日 - 2019年9月20日96歳(98歳)
68世日如(にちにょ)2005年12月15日 -1935年2月26日 -82歳(83歳)

葬儀

歴代法主の葬儀には密葬本葬があり、密葬の後で火葬して本葬が行われる。

密葬・本葬ではそれぞれ前々夜と前夜の2夜に渡って通夜を行う。

本葬の際に法主の遺骨輿に入れられ、葬列を組む。式場は古式に則り竹矢来を組んで囲まれ、四隅に「発心門」、「修行門」、「菩提門」、「涅槃門」の四門を構え、四門行道(発心門から式場に入り修行門を抜け一周して修行門から再度式場に入り、菩提門を抜け一周して菩提門から式場に入り開式。閉式後、涅槃門を抜けて墓地へ向かう)を行う。

本葬の最中に導師を務める当代の法主が「嘆徳文」を捧読する。本葬終了後、直接埋葬される。

大石寺墓苑には歴代法主の墓地があり、墓石の形状は五輪塔と定められている。

脚注

注釈

  1. 出典によって異なる部分にのみ、その一々に典拠を明示した。
  2. (日潮 1730)目次(右ページの右から2行目)や題・本文 (左ページの右から4行目および最左行)には、「第二代」とある。
  3. (日蓮宗寺院大鑑編集委員会 1981, p. 1141)には、「18世」とある。
  4. (日蓮宗寺院大鑑編集委員会 1981, p. 1141)には、「17世」とある。
  5. 」は、『「王」へん』に「奉」

出典

  1. 日蓮宗事典刊行委員会 1981, pp. 1261-1262-但し、67世までの日号(よみがなは除く)、66世までの没年月日・没年齢(数え年)のみ。
  2. 日蓮宗寺院大鑑編集委員会 1981, pp. 1141-1142-但し、67世までの日号(よみがなは除く)、66世までの没年月日・没年齢(数え年)のみ。
  3. 宗旨建立750年慶祝記念出版委員会 2002, pp. 334-335-但し、67世までの日号(よみがなも含む)、66世までの没年月日・没年齢(数え年)のみ。
  4. 日蓮正宗宗務院 2008, pp. 121-123-但し、68世までの日号とそのよみがなのみ。
  5. (日蓮宗事典刊行委員会 1981, p. 544)には、「日興は〔略〕正応三年大石ケ原に草庵を結んだ。これが大石寺の濫觴である。」とある(従って、本書が典拠となり得るのは年のみ)。
  6. (宗旨建立750年慶祝記念出版委員会 2002, p. 183)には、「正応3年(1290)10月12日に『大石寺』を創建されました」とある(但し、漢数字は算用数字に直した)。
  7. 日蓮宗事典刊行委員会 1981, p. 544.
  8. (宗旨建立750年慶祝記念出版委員会 2002, p. 189)には、「元弘2年(正慶元年・1332)11月、日目上人は日興上人から『日興跡条々事』を授けられました。この書は〔略〕大石寺の譲り状として記され〔略〕たものです」とある(但し、漢数字は算用数字に直した)。
  9. (宗旨建立750年慶祝記念出版委員会 2002, p. 190)には、「〔元弘3年〕十月、直弟子の日道上人に唯授一人の血脈を相承され」とある。
  10. 宗旨建立750年慶祝記念出版委員会 2002, p. 193.
  11. 日蓮宗事典刊行委員会 1981, pp. 544,627.
  12. (宗旨建立750年慶祝記念出版委員会 2002, p. 193)には、「日道上人は、延元4年(暦応2年・1339)6月、法を日行上人に付嘱し」とある(但し、漢数字は算用数字に直した)。
  13. 日蓮宗事典刊行委員会 1981, p. 1262.
  14. 日蓮宗寺院大鑑編集委員会 1981, p. 1141.
  15. 宗旨建立750年慶祝記念出版委員会 2002, p. 334.
  16. 日蓮宗寺院大鑑編集委員会 1981, p. 1142.
  17. 宗旨建立750年慶祝記念出版委員会 2002, p. 335a.
  18. 日蓮正宗宗務院 2008, p. 123-漢字も含む。
  19. 宗旨建立750年慶祝記念出版委員会 2002, p. 335b-漢字も含む。
  20. 日蓮宗事典刊行委員会 1981, p. 1261.

参考文献

  • 日蓮正宗入門』宗旨建立750年慶祝記念出版委員会、阿部日顕(監修)、大石寺、2002年10月12日、第2版。ISBN 978-4904429778。NCID BA56841964OCLC 6756278932014年12月5日閲覧。(ISBNは、改訂版のもの。)
  • 『日蓮宗事典』日蓮宗事典刊行委員会、日蓮宗宗務院、1981年10月13日。NCID BA61075492OCLC 17071163ASIN B000J7QTDQ
  • 『日蓮宗寺院大鑑』日蓮宗寺院大鑑編集委員会、大本山池上本門寺、1981年1月1日、初版。NCID BN01669639OCLC 33874438ASIN B000J80LMK
  • 『法華講員の心得』日蓮正宗宗務院、大日蓮出版、2008年2月16日(原著1988年10月1日)、改訂版第5刷。ISBN 978-4904429150。OCLC 676522972
  • 本化別頭仏祖統記』日潮、平楽寺村上勘兵衛、1730年。NCID BB142824442015年6月22日閲覧。

外部リンク

This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.