原子力委員会

原子力委員会(げんしりょくいいんかい、英語: Atomic Energy Commission; AEC)とは、1956年昭和31年)に設置された日本の行政機関。委員長及び委員2人の計3人で構成される(1956年1月1日から1960年5月9日までは委員4人で計5人、1960年5月10日から1978年10月3日までは委員6人で計7人、1978年10月3日から2014年12月15日までは委員4人で計5人。2014年12月16日から現行の定員)。

概要

原子力基本法1955年12月成立)に基づき、国の原子力政策を計画的に行うことを目的として1956年1月1日総理府附属機関(のち審議会等)として設置され、委員長には国務大臣科学技術庁長官)が充てられ、委員の任命には両議院の同意が必要とされた。

2001年1月6日中央省庁再編に伴い内閣府の審議会等の一つとなり、委員長は国務大臣をもって充てるポストではなくなった(委員と共に両議院同意人事の対象となった)[1]

2011年3月11日福島第一原子力発電所事故を受け、マスコミの注目を集めるようになる。2012年、毎日新聞は原子力委員会が原発推進側だけを集め「秘密会合」を持ったと報道し、委員会開催運営のずさんさを指摘した[2]。これに対し、当時の委員長代理であった鈴木達治郎は、議事録をとらなかったことは反省点としつつも、どのような組織にもある内部の作業会合であり、「この会合によって報告書の内容が書き換えられた」という毎日新聞の報道は誤解である、と述べている[3][4]

原子力委員会は次の事項について企画し、審議し、及び決定する権限を有する。

  1. 原子力利用に関する政策に関すること
  2. 関係行政機関の原子力利用に関する事務の調整に関すること
  3. 関係行政機関の原子力利用に関する経費の見積り及び配分計画に関すること
  4. 核燃料物質及び原子炉に関する規制に関すること
  5. 原子力利用に関する試験及び研究の助成に関すること
  6. 原子力利用に関する研究者及び技術者の養成及び訓練に関すること
  7. 原子力利用に関する資料の収集、統計の作成及び調査に関すること
  8. 原子力利用に関する重要事項に関すること

原子力委員会の専門部会・懇談会

原子力委員会の部会は福島原発事故後、大規模な削減を実施。現在は専門部会一つのみ。

現在活動中の専門部会

  • 専門部会
    • 放射性廃棄物専門部会

過去に存在した主な専門部会・懇談会

  • 小委員会
    • 原子力発電・核燃料サイクル技術等検証小委員会
  • 専門部会
    • 総合企画・評価部会
    • 政策評価部会
    • 食品照射専門部会
    • 研究開発専門部会
    • 核融合専門部会
    • 放射線専門部会
    • 原子力防護専門部会
    • 原子力発電・サイクル専門部会
    • 国際関係専門部会
    • 教育関係専門部会
    • 新大綱策定会議
    • 長半減期低発熱放射性廃棄物処分技術検討会
  • 懇談会等
    • エネルギーと原子力を考える研究会
    • 原子力に関する情報のあり方を考える研究会
    • 原子力に関する教育のあり方を考える研究会
    • 市民参加懇談会
    • 国際問題懇談会

委員長及び委員経験者

歴代の原子力委員会委員長

  • 1956年1月1日の委員会発足時は、原子力委員会設置法第7条第1項の規定が「委員長は、国務大臣をもつて充てる」となっていたため、特定の国務大臣に対して「原子力委員会委員長を命ずる」との補職の辞令を発出する必要があり初代委員長の正力松太郎に対しその発令があったが、同年5月19日(科学技術庁設置日)に同項が「委員長は、科学技術庁長官たる国務大臣をもつて充てる」と改正され、委員長職は科学技術庁長官が自動的に就任するものへと変わったため、以後2001年1月6日の中央省庁再編前まで、委員長職について就任を命ずる内容の辞令文書は発出されなかった。
  • 科学技術庁の設置に伴い、委員長職は「特定の国務大臣に対し直接辞令が出されるポスト」から「科学技術庁長官の付随ポスト」へと位置づけの変更があったが、組織は「総理府本府の附属機関」から「総理府の外局たる科学技術庁の附属機関」への移管等はなされず、そのままの位置づけで存続した(したがって、科学技術庁長官たる国務大臣は単に外局の長であっただけでなく、総理府本府の一部を構成する合議体組織の代表者でもあったことになる)。
  • 中央省庁再編に伴う「原子力委員会及び原子力安全委員会設置法」の改正により、同再編後の委員長は国務大臣の充て職でなくなり、委員と同様、主として学識経験者等から人選され、衆参両議院の同意を得て内閣総理大臣から任命されるポスト(任期3年)となった。
  • 以上のことから、総理府時代の委員長は(初代の一時期を除き)全て当然に科学技術庁長官であるため、この表の兼務等欄での「科学技術庁長官」の記載は省略する(初代のみ月日に異同があるため記載)。
氏名内閣在任期間兼務等
原子力委員会委員長(総理府)
1正力松太郎第3次鳩山内閣1956年1月1日 - 1956年12月23日北海道開発庁長官
科学技術庁長官(1956年5月19日以降)
-(欠員)石橋内閣1956年12月23日
2宇田耕一石橋内閣1956年12月23日 - 1957年2月25日経済企画庁長官
3第1次岸内閣1957年2月25日 - 1957年7月10日経済企画庁長官
4正力松太郎第1次岸内閣1957年7月10日 - 1958年6月12日国家公安委員会委員長
5三木武夫第2次岸内閣1958年6月12日 - 1958年12月31日経済企画庁長官
-(欠員)第2次岸内閣1958年12月31日 - 1959年1月12日
6高碕達之助第2次岸内閣1959年1月12日 - 1959年6月18日通商産業大臣
7中曽根康弘第2次岸内閣1959年6月18日 - 1960年7月19日
8荒木萬壽夫第1次池田内閣1960年7月19日 - 1960年12月8日文部大臣
9池田正之輔第2次池田内閣1960年12月8日 - 1961年7月18日
10三木武夫第2次池田内閣1961年7月18日 - 1962年7月18日
11近藤鶴代第2次池田内閣1962年7月18日 - 1963年7月18日
12佐藤榮作第2次池田内閣1963年7月18日 - 1963年12月9日北海道開発庁長官
13第3次池田内閣1963年12月9日 - 1964年6月29日北海道開発庁長官
-(欠員)第3次池田内閣1964年6月29日 - 1964年7月18日
14愛知揆一第3次池田内閣1964年7月18日 - 1964年11月9日文部大臣
15第1次佐藤内閣1964年11月9日 - 1965年6月3日文部大臣
16上原正吉第1次佐藤内閣1965年6月3日 - 1966年8月1日
17有田喜一第1次佐藤内閣1966年8月1日 - 1966年12月3日文部大臣
18二階堂進第1次佐藤内閣1966年12月3日 - 1967年2月17日北海道開発庁長官
19第2次佐藤内閣1967年2月17日 - 1967年11月25日北海道開発庁長官
20鍋島直紹第2次佐藤内閣1967年11月25日 - 1968年11月30日
21木内四郎第2次佐藤内閣1968年11月30日 - 1970年1月14日
22西田信一第3次佐藤内閣1970年1月14日 - 1971年7月5日北海道開発庁長官
23平泉渉第3次佐藤内閣1971年7月5日 - 1971年11月16日
24木内四郎第3次佐藤内閣1971年11月16日 - 1972年7月7日
25中曽根康弘第1次田中角榮内閣1972年7月7日 - 1972年12月22日通商産業大臣
26前田佳都男第2次田中角榮内閣1972年12月22日 - 1973年11月25日
27森山欽司第2次田中角榮内閣1973年11月25日 - 1974年11月11日
28足立篤郎第2次田中角榮内閣1974年11月11日 - 1974年12月9日
29佐々木義武三木内閣1974年12月9日 - 1976年9月15日
30前田正男三木内閣1976年9月15日 - 1976年12月24日
31宇野宗佑福田赳夫内閣1976年12月24日 - 1977年11月28日
32熊谷太三郎福田赳夫内閣1977年11月28日 - 1978年12月7日
33金子岩三第1次大平内閣1978年12月7日 - 1979年11月9日
34長田裕二第2次大平内閣1979年11月9日 - 1980年7月17日
35中川一郎鈴木善幸内閣1980年7月17日 - 1982年11月27日
36安田隆明第1次中曽根内閣1982年11月27日 - 1983年12月27日
37岩動道行第2次中曽根内閣1983年12月27日 - 1984年11月1日
38竹内黎一第2次中曽根内閣1984年11月1日 - 1985年12月28日
39河野洋平第2次中曽根内閣1985年12月28日 - 1986年7月22日
40三ッ林弥太郎第3次中曽根内閣1986年7月22日 - 1987年11月6日
41伊藤宗一郎竹下内閣1987年11月6日 - 1988年12月27日
42宮崎茂一竹下内閣1988年12月27日 - 1989年6月3日
43中村喜四郎宇野内閣1989年6月3日 - 1989年8月10日
44斎藤栄三郎第1次海部内閣1989年8月10日 - 1990年2月28日
45大島友治第2次海部内閣1990年2月28日 - 1990年12月29日
46山東昭子第2次海部内閣1990年12月29日 - 1991年11月5日
47谷川寛三宮澤内閣1991年11月5日 - 1992年12月12日
48中島衛宮澤内閣1992年12月12日 - 1993年6月18日
-(欠員)宮澤内閣1993年6月18日 - 1993年6月21日
49渡辺省一宮澤内閣1993年6月21日 - 1993年8月9日
50江田五月細川内閣1993年8月9日 - 1994年4月28日
-(欠員)羽田内閣1994年4月28日
51近江巳記夫羽田内閣1994年4月28日 - 1994年6月30日
52田中眞紀子村山内閣1994年6月30日 - 1995年8月8日
53浦野烋興村山内閣1995年8月8日 - 1996年1月11日
54中川秀直第1次橋本内閣1996年1月11日 - 1996年11月7日
55近岡理一郎第2次橋本内閣1996年11月7日 - 1997年9月11日1997年1月20日から2月10日まで病気療養
56谷垣禎一第2次橋本内閣1997年9月11日 - 1998年7月30日
57竹山裕小渕内閣1998年7月30日 - 1999年1月14日
58有馬朗人小渕内閣1999年1月14日 - 1999年10月5日文部大臣
59中曽根弘文小渕内閣1999年10月5日 - 2000年4月5日文部大臣
60第1次森内閣2000年4月5日 - 2000年7月4日文部大臣
61大島理森第2次森内閣2000年7月4日 - 2000年12月5日文部大臣
62町村信孝第2次森内閣2000年12月5日 - 2001年1月5日文部大臣
原子力委員会委員長(内閣府)
1藤家洋一-2001年1月6日 - 2004年1月5日東京工業大学名誉教授
2近藤駿介-2004年1月6日 - 2007年1月5日東京大学名誉教授
3-2007年1月6日 - 2010年1月5日
4-2010年1月6日 - 2014年3月31日[注釈 1]
5岡芳明-2014年4月1日 - 2014年12月15日[注釈 2]東京大学名誉教授
6-2014年12月16日 - 2017年12月15日
7-2017年12月16日 - 2020年12月15日
8上坂充-2020年12月16日 -東京大学大学院教授

現在の原子力委員会委員長代理・委員

  • 佐野利男 - 委員長代理(常勤)(2017年12月就任、現行の任期は2017年12月16日 - 2020年12月15日)
  • 中西友子 - 委員(2014年3月就任、現行の任期は2019年6月16日 - 2021年6月15日[注釈 3]

所在地等

注釈

  1. 本来の任期は2013年1月5日までであったが、後任が任命されず、原子力委員会設置法第6条第3項の規定により引き続き在任した。
  2. 原子力委員会設置法の一部を改正する法律(平成26年6月27日法律第87号)により委員の定数が削減され、委員長及び委員が一旦全員退任となった。
  3. 原子力委員会設置法の一部を改正する法律(平成26年6月27日法律第87号)の施行の際に改めて任命され、そのとき最初の任期を1年6月とされている。

脚注

  1. 『平成15年版原子力白書』253頁
  2. “原子力委:04年にも秘密会議 「露見なら解散」”. 毎日新聞. (2012年5月26日). http://mainichi.jp/select/news/20120526k0000m040159000c.html 2012年6月26日閲覧。
  3. 毎日新聞スクープ"核燃サイクル「秘密会議」"について鈴木達治郎氏(原子力委員長代理)と江川紹子氏、斗ヶ沢秀俊氏がツイッター上で質疑応答 2016年2月7日閲覧
  4. 原子力発電・核燃料サイクル技術等検討小委員会の報告書とりまとめに関する報道について(見解) (PDF) (日本語). 原子力安全委員会. 2012年6月26日閲覧。

参考文献

関連項目

外部リンク

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