千代田区立麹町中学校

千代田区立麹町中学校(ちよだくりつこうじまちちゅうがっこう)は、東京都千代田区平河町に所在する公立中学校麴町地域唯一の公立中学校である。「麹町中学校内申書事件」や『積木くずし』の舞台として知られる。通称は麹中(こうちゅう)。

千代田区立麹町中学校
国公私立 公立学校
設置者 千代田区
設立年月日 1947年4月1日
開校記念日 5月2日
共学・別学 男女共学
学期 3学期制
中学校コード 1301001
所在地 102-0093
東京都千代田区平河町二丁目5番1号

北緯35度40分47.6秒 東経139度44分19.5秒
外部リンク 公式サイト
プロジェクト:学校/中学校テンプレート
旧校舎(2006年9月23日撮影)

概要

麹町中学校は、六三制の新制中学校として昭和22年4月に設立され、旧・永田町小学校(現千代田区立麹町小学校)3階7教室にて発足した[1]。後に本校舎が建てられるが、その校地は「安田財閥の祖」安田善次郎の私有地を「庭に植えてあるソテツの木を枯らさない」との条件に寄贈を受けたものであり、現在までそのソテツは学校のシンボルとされている。初代校長には、理学博士有元石太郎が就任した。

1950~60年代、東京大学合格者数の全国一位は都立日比谷高等学校であった。その日比谷高校に多数の合格者を輩出してきたことから名門中学校としてしばしば名前が挙げられた。当時「千代田区立番町小学校→千代田区立麹町中学校→都立日比谷高校東京大学(番町→麹町→日比谷→東大)」がエリートコースとされた[2]。そのため、以前から麹町中学校は多くの越境通学者を抱えており、また番町小学校・麹町小学校の2校が学区指定の進学先とすることから、これらへの越境者も言をまたない[3]。従って一般的な公立中学とは異なり経済的に恵まれた多種多様な生徒が集まる傾向が強い。
しかし、校舎建て替え後の2014年に工藤勇一(現横浜創英中学校・高等学校校長)が学校長に就任すると、子どもの自律を重視した教育改革に取り組み、宿題廃止、定期テスト廃止、固定担任制廃止、校則の自由化など、従来「当たり前」とされてきたことを次々と覆した[4]。生徒が主体者として学校運営に関わっていく教育方針と自由な校風への理解が深まったことにより、区内小学校から就学する児童が急増し2020年(令和2年度)から越境入学の受け入れを完全に中止している[5]

交通

周辺

著名な出身者

あ行
か行
さ行
た行
な行
は行
ま行
や行

脚注

  1. 『二十年のあゆみ』東京都千代田区立麹町中学校 1967
  2. 現代用語の基礎知識自由国民社 1967
  3. 『高度成長期への証言 下』毎日新聞社エコノミスト編集部 日本経済評論社 1999
  4. 教育熱心な親が「人のせいにする子」を作るワケ”. 東洋経済オンライン (2019年9月11日). 2019年10月23日閲覧。
  5. 麹町中学の越境停止と中学校区選び”. 東京子育て研究所 (2019年12月13日). 2021年2月25日閲覧。

参考文献

  • 『二十年のあゆみ』東京都千代田区立麹町中学校 1967
  • 『創立30周年記念誌 麹町』創立30周年記念誌委員会 1977,11
  • 『創立四十周年記念』40周年記念誌委員会編 1989,11
  • 『創立五十周年記念誌』東京都千代田区立麹町中学校 1998,3

関連項目

外部リンク

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