勲一等旭日桐花大綬章

勲一等旭日桐花大綬章(くんいっとうきょくじつとうかだいじゅしょう)は、日本の勲章の一つ。1888年(明治21年)1月4日旭日章の最上位として追加制定された。日本における高位勲章の一つで、2003年(平成15年)11月3日栄典制度改正まで旭日章の最上位勲章として運用されていた。ここでは旧制度における「勲一等旭日桐花大綬章」について解説する。新制度の勲章については桐花章を参照。

勲一等旭日桐花大綬章

勲一等旭日桐花大綬章の正章と副章[1]。意匠は現行の桐花大綬章と同じ。
日本の勲章
紅と白
創設者 明治天皇
対象 勲労アル者
状態 旭日章から分離・独立
桐花大綬章となる
歴史・統計
創設 1888年明治21年)1月4日
期間 1888年 - 2003年
最初の授与 1893年(明治26年)11月3日
最後の授与 2002年(平成14年)4月22日
序列
上位 大勲位菊花大綬章
下位 勲一等旭日大綬章
勲一等旭日桐花大綬章の略綬

概要

1875年(明治8年)4月10日に、日本で最初の勲章として、旭日章八等級が制定。それに遅れること約13年の1888年(明治21年)に、勲一等旭日大綬章のさらに上位として勲一等旭日桐花大綬章が追加制定された。

一説によれば、金鵄勲章の制定を画策した山縣有朋に、栄典の差をつけられることを嫌った伊藤博文が対抗して制定を促したとも言われる。実際当時の宮中席次において、金鵄勲章の功級は同じ数字を持つ勲等より上位に位置づけられており、これに従い功一級金鵄勲章勲一等旭日大綬章よりも上位にあったが、勲一等旭日桐花大綬章だけは例外的に功級より上位に位置づけられていた。

制定経緯はともかく、勲一等旭日大綬章を上回る勲功がありながら、最高勲章に属する大勲位菊花大綬章に及ばない場合に授与される、最上位の普通勲章であった。類例として、(日本に倣った面もあるが)大韓帝国の「大勲位李花大綬章」、満州国の「龍光大綬章」がある。また生存者叙勲停止中、新たな勲章制度を制定すべく1952年第15回国会に提出された栄典法案の審議では、位階を併用することで「表彰の方途に潤いを持たせたく考える」(緒方竹虎内閣官房長官)とし、その運用例として「旭日大綬勲章」(勲一等旭日大綬章相当)に加えて正三位あるいは従二位に叙することで、菊花勲章と旭日勲章の中間(勲一等旭日桐花大綬章相当)の位置づけを想定した政府答弁もあった[2]

これまでは旭日章の一種であったため、勲一等旭日大綬章やその他の位の旭日章と併佩することは不可能である。

意匠

赤色の七宝を用いた八条の旭光をベースに、四方に白色七宝が施された旭光が伸びている。この外方へ伸びた旭光の間を紫の七宝で彩られたの花が輪をつなぐように配され、非常に繊細かつ美しいデザインの勲章である。鈕(章と綬をつなぐ金具)は五七の桐紋をかたどり、裏面には「勲功旌章」の文字が刻まれる。中央部の七宝は厚く盛り上がっており、旭光の赤色七宝は0.5mmほどの非常に薄い物で、同じ赤でも大きな色味の差をつけて立体感を得ている。また純銀では難しい比較的青みのある紫色を発色する釉薬を使用しており高度な七宝技術が用いられている。大綬は106mm幅で、赤の織地の両縁を白の双線が縁取るデザインとなっている。ただし外側にはほんの僅かに細く赤の織り地が残されている。勲章は大綬を持って右肩から左脇に垂れ、左胸に副章を佩用する。

運用

勲一等旭日桐花大綬章の大綬と副章(向かって右、下から二番目)を佩用した昭和天皇

「桐花大綬章ハ旭日大綬章又ハ瑞宝大綬章ヲ賜フベキ者ノ中其勲績又ハ功労特ニ優レタルモノニ之ヲ賜フ」(勲章制定ノ件4条1項)の条文に則り、瑞宝章旭日章の一等を授与するより優れた功労のある者に授与された。

外国人に対する儀礼的叙勲での運用

国賓皇族の公式訪問の際に交わされる儀礼叙勲には、通常では用いられない。特段功績のあった主要国の駐日大使の離任の際には贈られることもあり、これも儀礼叙勲の一つと考えることも出来るが、外交官への叙勲は駐在時の功績により勲章の種類が変わることがあるので、相手の身位のみで無条件に勲章を贈る通常の儀礼叙勲[3]とは、区別して捉える必要がある。

功労評価によらない純粋な儀礼叙勲での運用は現在まで記録に残っておらず、確認することができない[4]2016年シンガポールリー・クアンユー元首相への授与が決まった。初代シンガポール首相として、長きにわたり日本との間の関係強化、および友好親善に寄与した功績が称えた。

皇族に対する叙勲

下記の皇族身位令(明治43年皇室令第2号)の制定により、男性皇族への初叙が勲一等旭日桐花大綬章へと引き上げられたため、以降の皇族叙勲は下記の表の通りである。

  • 第九条 皇太子皇太孫ハ満七年ニ達シタル後大勲位ニ叙シ菊花大綬章ヲ賜フ
  • 第十一条 親王ハ満十五年ニ達シタル後大勲位ニ叙シ菊花大綬章ヲ賜フ
  • 第十四条 王ハ満十五年ニ達シタル後勲一等ニ叙シ旭日桐花大綬章ヲ賜フ

従って、戦前ではが成年を迎えた日に授与されていた。ちなみに、日本国憲法施行以後は旧来の皇族身位令をおおよそ踏襲した叙勲が成されているが、現在「王」の身位を持つ皇族がいないため、王に対する叙勲の例はないが、慣例からすれば王が成年式を終えた日に授与されることになる。

受章者

大日本帝国憲法下の受章者

大日本帝国憲法下においては、次の219人が受章した。(大勲位菊花大綬章授章により併受したものは含まない。)

皇族

受章者名 主な官職・役職 受章日 備考
賀陽宮邦憲王神宮祭主1893年(明治26年)11月3日後に大勲位に昇叙
久邇宮邦彦王元帥陸軍大将、近衛師団長1893年(明治26年)11月3日同上
山階宮菊麿王海軍大佐1893年(明治26年)11月3日同上
伏見宮博恭王元帥海軍大将、軍令部総長1895年(明治28年)11月3日同上
梨本宮守正王元帥陸軍大将、神宮祭主1895年(明治28年)11月10日同上
(北白川宮)恒久王陸軍少将1903年(明治36年)2月10日同上
多嘉王神宮祭主1907年(明治40年)3月6日同上
朝香宮鳩彦王陸軍大将、近衛師団長1907年(明治40年)11月3日同上
(有栖川宮)栽仁王海軍少尉1907年(明治40年)11月3日同上
北白川宮成久王陸軍砲兵大佐1907年(明治40年)11月3日同上
東久邇宮稔彦王陸軍大将、内閣総理大臣1908年(明治41年)4月24日同上
(北白川宮)輝久王侯爵、海軍中将1908年(明治41年)11月13日
博義王海軍大佐1918年(大正7年)8月31日後に大勲位に昇叙
山階宮武彦王海軍大佐1919年(大正8年)8月6日
(山階宮)芳麿王侯爵、陸軍砲兵中尉1920年(大正9年)7月5日
賀陽宮恒憲王海軍中将、軍事参議官1920年(大正9年)12月25日後に大勲位に昇叙
華頂宮博忠王海軍中尉1922年(大正11年)5月25日同上
(久邇宮)朝融王海軍中将1922年(大正11年)5月25日同上
(久邇宮)邦久王侯爵、陸軍歩兵大尉1923年(大正12年)7月12日
(閑院宮)春仁王陸軍少将1924年(大正13年)10月25日後に大勲位に昇叙
(山階宮)藤麿王侯爵1925年(大正14年)3月23日
(伏見宮)博信王侯爵、海軍大佐1926年(大正15年)10月19日
(山階宮)萩麿王伯爵、海軍大尉1927年(昭和2年)10月1日
(山階宮)茂麿王伯爵、陸軍中佐1929年(昭和4年)10月25日
(久邇宮)邦英王伯爵1930年(昭和5年)5月14日
竹田宮恒徳王陸軍中佐1930年(昭和5年)10月25日後に大勲位に昇叙
北白川宮永久王陸軍砲兵少佐1931年(昭和6年)10月26日同上
(伏見宮)邦芳王貴族院議員1933年(昭和8年)6月1日没後叙勲
(朝香宮)孚彦王陸軍中佐1933年(昭和8年)10月20日後に大勲位に昇叙
(朝香宮)正彦王侯爵、海軍少佐1936年(昭和11年)3月2日
(伏見宮)博英王伯爵、海軍少佐1936年(昭和11年)3月2日
(東久邇宮)盛厚王陸軍少佐1937年(昭和12年)8月21日
(東久邇宮)彰常王侯爵、陸軍大尉1940年(昭和15年)10月10日
(久邇宮)家彦王伯爵1940年(昭和15年)10月19日
(賀陽宮)邦寿王陸軍大尉1941年(昭和16年)10月1日
(久邇宮)徳彦王伯爵、海軍大尉1943年(昭和18年)4月2日

明治時代

受章者名 主な官職・役職 受章日 備考
伊藤博文公爵内閣総理大臣1889年(明治22年)2月11日大日本帝国憲法制定の功
山田顕義伯爵、陸軍中将、司法大臣1892年(明治25年)11月14日没後叙勲
大山巌公爵、元帥陸軍大将、陸軍大臣1895年(明治28年)8月5日
西郷従道侯爵、元帥海軍大将海軍大臣1895年(明治28年)8月5日
山縣有朋公爵、元帥陸軍大将、内閣総理大臣1895年(明治28年)8月5日
黒田清隆伯爵、陸軍中将、内閣総理大臣1895年(明治28年)8月20日
近衛忠煕左大臣1895年(明治28年)9月26日
井上馨侯爵、外務大臣1895年(明治28年)10月7日
徳大寺実則公爵、内大臣1895年(明治28年)10月7日
毛利元徳公爵、参議、旧長州藩1896年(明治29年)12月24日没後叙勲
島津忠義公爵、参議、旧薩摩藩1897年(明治30年)12月26日没後叙勲
川上操六陸軍大将、参謀総長1899年(明治32年)5月11日没後叙勲
大木喬任伯爵、枢密院議長1899年(明治32年)9月11日没後叙勲
松方正義公爵、内閣総理大臣1899年(明治32年)10月31日
佐野常民伯爵、農商務大臣1902年(明治35年)12月7日没後叙勲
土方久元伯爵、宮内大臣1903年(明治36年)7月16日
川村純義伯爵、海軍大将、海軍卿1903年(明治36年)12月26日
副島種臣伯爵、内務大臣1905年(明治38年)1月31日没後叙勲
伊東祐亨伯爵、元帥海軍大将、連合艦隊司令長官1906年(明治39年)4月1日
奥保鞏伯爵、元帥陸軍大将、参謀総長1906年(明治39年)4月1日
川村景明子爵、元帥陸軍大将、東京衛戍総督1906年(明治39年)4月1日
黒木為楨伯爵、陸軍大将、第一軍司令官1906年(明治39年)4月1日
児玉源太郎伯爵、陸軍大将、陸軍大臣1906年(明治39年)4月1日
小村寿太郎侯爵、外務大臣1906年(明治39年)4月1日
佐久間左馬太伯爵、陸軍大将、台湾総督1906年(明治39年)4月1日
佐々木高行侯爵、参議1906年(明治39年)4月1日
田中不二麿子爵、司法大臣1906年(明治39年)4月1日
田中光顕伯爵、陸軍少将、宮内大臣1906年(明治39年)4月1日
寺内正毅伯爵、元帥陸軍大将、内閣総理大臣1906年(明治39年)4月1日
乃木希典伯爵、陸軍大将、第三軍司令官1906年(明治39年)4月1日
野津道貫侯爵、元帥陸軍大将、第四軍司令官1906年(明治39年)4月1日
長谷川好道伯爵、元帥陸軍大将、参謀総長1906年(明治39年)4月1日
林董伯爵、外務大臣1906年(明治39年)4月1日
東久世通禧伯爵、枢密院副議長1906年(明治39年)4月1日
福岡孝弟子爵、文部卿1906年(明治39年)4月1日
西園寺公望公爵、内閣総理大臣1907年(明治40年)9月14日
林友幸伯爵、枢密顧問官1907年(明治40年)11月5日
榎本武揚子爵、海軍中将、外務大臣1908年(明治41年)10月26日没後叙勲
小松輝久侯爵、海軍中将1908年(明治41年)11月3日
岡沢精子爵、陸軍大将、侍従武官長1908年(明治41年)12月12日没後叙勲
井上光男爵、陸軍大将、第四師団長1908年(明治41年)12月27日没後叙勲
嵯峨実愛大納言1909年(明治42年)1月4日
野村靖子爵、内務大臣1909年(明治42年)1月24日没後叙勲
大給恒伯爵、賞勲局総裁1910年(明治43年)1月6日
岩倉具定公爵、宮内大臣1910年(明治43年)4月1日没後叙勲
大隈重信侯爵、内閣総理大臣1910年(明治43年)4月29日
曾禰荒助子爵、大蔵大臣1910年(明治43年)8月29日
谷干城子爵、陸軍中将、農商務大臣1911年(明治44年)2月9日
高崎正風男爵、枢密顧問官1912年(明治45年)2月28日没後叙勲
西寛二郎子爵、陸軍大将、教育総監1912年(明治45年)2月28日没後叙勲
大島義昌子爵、陸軍大将、関東都督1912年(明治45年)6月17日

大正時代

受章者名 主な官職・役職 受章日 備考
徳川慶喜公爵、征夷大将軍1913年(大正2年)11月22日没後叙勲
青木周蔵子爵、外務大臣1914年(大正3年)2月16日没後叙勲
松田正久男爵、衆議院議長1914年(大正3年)3月5日没後叙勲
香川敬三伯爵、皇太后宮大夫1914年(大正3年)8月5日
大久保春野男爵、陸軍大将、韓国駐剳軍司令官1915年(大正4年)1月26日没後叙勲
高島鞆之助子爵、陸軍中将、陸軍大臣1916年(大正5年)1月11日没後叙勲
加藤弘之男爵、枢密顧問官1916年(大正5年)2月9日没後叙勲
中牟田倉之助子爵、海軍中将、海軍軍令部長1916年(大正5年)3月30日没後叙勲
加藤高明伯爵、内閣総理大臣1916年(大正5年)7月14日
上村彦之丞男爵、海軍大将、連合艦隊司令長官1916年(大正5年)8月8日没後叙勲
芳川顕正伯爵、内務大臣1917年(大正6年)3月20日
黒田清綱子爵、枢密顧問官1917年(大正6年)3月23日没後叙勲
樺山資紀伯爵、海軍大将、海軍大臣1917年(大正6年)5月12日
花房義質子爵、枢密顧問官1917年(大正6年)7月9日没後叙勲
山尾庸三子爵、法制局長官1917年(大正6年)12月12日
蜂須賀茂韶侯爵、貴族院議長、旧徳島藩1918年(大正7年)2月10日没後叙勲
本野一郎子爵、外務大臣1918年(大正7年)9月16日
平田東助伯爵、内大臣1919年(大正8年)5月24日
板垣退助伯爵、内務大臣1919年(大正8年)7月16日没後叙勲
河瀬真孝子爵、侍従長1919年(大正8年)9月29日没後叙勲
中山孝麿侯爵、東宮大夫1919年(大正8年)11月25日没後叙勲
片岡七郎男爵、海軍大将、連合艦隊司令長官1920年(大正9年)1月7日
杉孫七郎子爵、枢密顧問官1920年(大正9年)5月3日没後叙勲
清浦奎吾伯爵、内閣総理大臣1920年(大正9年)9月4日
伊東巳代治伯爵、農商務大臣1920年(大正9年)9月7日
内田康哉伯爵、外務大臣1920年(大正9年)9月7日
加藤友三郎子爵、元帥海軍大将、内閣総理大臣1920年(大正9年)9月7日
後藤新平伯爵、内務大臣1920年(大正9年)9月7日
珍田捨巳伯爵、侍従長1920年(大正9年)9月7日
原敬内閣総理大臣1920年(大正9年)9月7日
牧野伸顕伯爵、内大臣1920年(大正9年)9月7日
末松謙澄子爵、内務大臣1920年(大正9年)10月6日没後叙勲
井上良馨子爵、元帥海軍大将、連合艦隊司令長官1920年(大正9年)11月1日
上原勇作子爵、元帥陸軍大将、陸軍大臣1920年(大正9年)11月1日
宇都宮太郎陸軍大将、朝鮮軍司令官1920年(大正9年)11月1日
大島健一陸軍中将、陸軍大臣1920年(大正9年)11月1日
大谷喜久蔵男爵、陸軍大将、教育総監1920年(大正9年)11月1日
島村速雄男爵、元帥海軍大将、軍令部長1920年(大正9年)11月1日
中村雄次郎男爵、陸軍中将、宮内大臣1920年(大正9年)11月1日
伊集院五郎男爵、元帥海軍大将、軍令部長1921年(大正10年)1月13日没後叙勲
鍋島直大侯爵、式部長官、旧佐賀藩1921年(大正10年)6月19日没後叙勲
戸田氏共伯爵、式部長官、旧大垣藩1921年(大正10年)10月1日
濱尾新子爵、枢密院議長1921年(大正10年)11月25日
波多野敬直子爵、宮内大臣1922年(大正11年)8月29日没後叙勲
細川潤次郎男爵、枢密顧問官1923年(大正12年)7月20日没後叙勲
田尻稲次郎子爵、会計検査院長1923年(大正12年)8月15日没後叙勲
南部甕男男爵、大審院長1923年(大正12年)9月19日没後叙勲
曾我祐準子爵、陸軍中将、参謀次長1923年(大正12年)12月28日
岡野敬次郎男爵、司法大臣1924年(大正13年)2月11日
斎藤実子爵、海軍大将、内閣総理大臣1924年(大正13年)2月11日
徳川家達公爵、貴族院議長1924年(大正13年)2月11日
伊集院彦吉男爵、外務大臣1924年(大正13年)4月26日
中村覚男爵、陸軍大将、侍従武官長1925年(大正14年)1月29日没後叙勲
三浦梧楼子爵、陸軍中将、朝鮮公使1926年(大正15年)1月28日没後叙勲
穂積陳重男爵、枢密院議長1926年(大正15年)4月8日没後叙勲
藤井較一海軍大将、連合艦隊司令長官1926年(大正15年)7月9日没後叙勲

昭和時代

受章者名 主な官職・役職 受章日 備考
大森鍾一男爵、皇后宮大夫1927年(昭和2年)3月3日没後叙勲
浅田信興男爵、陸軍大将、教育総監1927年(昭和2年)4月27日没後叙勲
高橋是清内閣総理大臣1927年(昭和2年)6月3日
加藤定吉男爵、海軍大将、呉鎮守府司令長官1927年(昭和2年)9月5日没後叙勲
大迫尚敏子爵、陸軍大将、学習院長1927年(昭和2年)9月20日没後叙勲
山県伊三郎公爵、関東長官1927年(昭和2年)9月24日没後叙勲
村上格一海軍大将、海軍大臣1927年(昭和2年)11月15日没後叙勲
松川敏胤陸軍大将、朝鮮駐剳軍司令官1928年(昭和3年)3月7日没後叙勲
平沼騏一郎男爵、内閣総理大臣1928年(昭和3年)4月21日
山下源太郎男爵、海軍大将、連合艦隊司令長官1928年(昭和3年)5月10日
大島久直子爵、陸軍大将、教育総監1928年(昭和3年)9月27日没後叙勲
浅野長勲侯爵、議定、旧広島藩1928年(昭和3年)11月10日
金子堅太郎伯爵、司法大臣1928年(昭和3年)11月10日
渋沢栄一子爵、貴族院議員1928年(昭和3年)11月10日
林権助男爵、式部長官1928年(昭和3年)11月10日
若槻礼次郎男爵、内閣総理大臣1928年(昭和3年)11月10日
一木喜徳郎男爵、枢密院議長1928年(昭和3年)12月28日
倉富勇三郎男爵、枢密院議長1928年(昭和3年)12月28日
服部一三貴族院議員1929年(昭和4年)1月25日没後叙勲
平山成信男爵、枢密顧問官1929年(昭和4年)9月25日没後叙勲
田中義一男爵、陸軍大将、内閣総理大臣1929年(昭和4年)9月29日没後叙勲
井上勝之助侯爵、宗秩寮総裁1929年(昭和4年)11月3日没後叙勲
出羽重遠男爵、海軍大将、連合艦隊司令長官1930年(昭和5年)1月27日没後叙勲
鈴木荘六陸軍大将、参謀総長1930年(昭和5年)6月16日
八代六郎男爵、陸軍大将、海軍大臣1930年(昭和5年)6月30日没後叙勲
秋山好古陸軍大将、教育総監1930年(昭和5年)11月4日没後叙勲
田健治郎男爵、台湾総督1930年(昭和5年)11月16日没後叙勲
松室致司法大臣1931年(昭和6年)2月16日没後叙勲
財部彪海軍大将、海軍大臣1931年(昭和6年)4月11日
濱口雄幸内閣総理大臣1931年(昭和6年)4月29日
山川健次郎男爵、東京帝国大学総長1931年(昭和6年)6月26日没後叙勲
九鬼隆一男爵、枢密顧問官1931年(昭和6年)8月18日没後叙勲
一戸兵衛陸軍大将、教育総監1931年(昭和6年)9月12日没後叙勲
幣原喜重郎男爵、内閣総理大臣1931年(昭和6年)12月12日
犬養毅内閣総理大臣1932年(昭和7年)5月6日
白川義則男爵、陸軍大将、陸軍大臣1932年(昭和7年)5月26日没後叙勲
日高壮之丞男爵、海軍大将、連合艦隊司令長官1932年(昭和7年)7月24日没後叙勲
江木千之文部大臣1932年(昭和7年)8月23日没後叙勲
安東貞美男爵、陸軍大将、台湾総督1932年(昭和7年)8月29日没後叙勲
岡田啓介海軍大将、内閣総理大臣1933年(昭和8年)1月21日
武藤信義男爵、元帥陸軍大将、関東軍司令官1933年(昭和3年)7月27日没後叙勲
古市公威男爵、枢密顧問官1934年(昭和9年)1月28日没後叙勲
岡田良平文部大臣1934年(昭和9年)3月23日没後叙勲
中橋徳五郎文部大臣1934年(昭和9年)3月25日没後叙勲
鈴木貫太郎男爵、海軍大将、内閣総理大臣1934年(昭和9年)4月29日
奈良武次男爵、陸軍大将、侍従武官長1934年(昭和9年)4月29日
安達峰一郎常設国際司法裁判所所長1934年(昭和9年)12月29日没後叙勲
床次竹二郎内務大臣1935年(昭和10年)9月8日没後叙勲
富井政章男爵、枢密顧問官1935年(昭和10年)9月14日没後叙勲
菱刈隆陸軍大将、関東軍司令官1935年(昭和10年)12月23日
南次郎陸軍大将、陸軍大臣1935年(昭和10年)12月23日
渡辺錠太郎陸軍大将、教育総監1936年(昭和11年)2月26日没後叙勲
久保田譲男爵、文部大臣1936年(昭和11年)4月14日没後叙勲
宇垣一成陸軍大将、陸軍大臣1936年(昭和11年)8月5日
山本達雄男爵、内務大臣1936年(昭和11年)8月5日
石黒忠悳子爵、陸軍軍医総監、枢密顧問官1936年(昭和11年)12月24日
瓜生外吉男爵、海軍大将、横須賀鎮守府司令長官1937年(昭和12年)11月11日没後叙勲
栗野慎一郎子爵、枢密顧問官1937年(昭和12年)11月15日没後叙勲
荒井賢太郎枢密院副議長1938年(昭和13年)1月29日没後叙勲
水野錬太郎内務大臣1938年(昭和13年)4月17日
櫻井錠二男爵、枢密顧問官1939年(昭和14年)1月28日没後叙勲
黒田長成侯爵、枢密顧問官1939年(昭和14年)6月14日没後叙勲
湯浅倉平男爵、宮内大臣1940年(昭和15年)6月7日
鈴木喜三郎内務大臣1940年(昭和15年)6月24日没後叙勲
大角岑生男爵、海軍大将、海軍大臣1941年(昭和16年)10月19日没後叙勲
阪谷芳郎子爵、大蔵大臣1941年(昭和16年)4月28日
河合操陸軍大将、参謀総長1941年(昭和16年)10月11日没後叙勲
石塚英蔵台湾総督1942年(昭和17年)7月28日没後叙勲
林銑十郎陸軍大将、内閣総理大臣1943年(昭和18年)2月4日没後叙勲
古賀峯一元帥海軍大将、連合艦隊司令長官1944年(昭和19年)5月5日没後叙勲
有馬良橘海軍大将、枢密顧問官1944年(昭和19年)5月11日没後叙勲
原嘉道男爵、枢密院議長1944年(昭和19年)8月7日没後叙勲
野間口兼雄海軍大将1944年(昭和19年)12月12日没後叙勲
内山小二郎男爵、陸軍大将、侍従武官長1945年(昭和20年)2月14日没後叙勲
石井菊次郎子爵、外務大臣1945年(昭和20年)5月26日没後叙勲
南弘逓信大臣1946年(昭和21年)2月8日没後叙勲
松井慶四郎男爵、外務大臣1946年(昭和21年)6月4日没後叙勲
窪田静太郎行政裁判所長官、枢密顧問官1946年(昭和21年)10月6日没後叙勲

日本国憲法施行後の受章者

日本国憲法施行後は、戦没者叙勲と外国人受章者[5]を除き、次の62人が受章した。

昭和時代

受章者名 主な官職・役職 受章日 備考
重光葵外務大臣1957年(昭和32年)1月26日従二位、没後叙勲
芦田均内閣総理大臣1959年(昭和34年)6月20日従二位、没後叙勲
林讓治衆議院議長1960年(昭和35年)4月5日従二位、没後叙勲
河井彌八参議院議長1960年(昭和35年)7月21日従二位、没後叙勲
豊田貞次郎外務大臣、日本製鐵社長1961年(昭和36年)11月21日従二位、没後叙勲
松野鶴平参議院議長1962年(昭和37年)10月18日従二位、没後叙勲
野村吉三郎外務大臣、枢密顧問官1964年(昭和39年)5月8日従二位、没後叙勲
大野伴睦衆議院議長1964年(昭和39年)5月29日従二位、没後叙勲
芳澤謙吉外務大臣、枢密顧問官1965年(昭和40年)1月5日従二位、没後叙勲
河野一郎副総理建設大臣農林大臣国務大臣1965年(昭和40年)7月8日従二位、没後叙勲
岡崎勝男外務大臣、国連大使1965年(昭和40年)10月10日正三位、没後叙勲
岸信介内閣総理大臣1967年(昭和42年)4月29日正二位
1987年(昭和62年)8月7日、大勲位菊花大綬章を没後叙勲。
清瀬一郎衆議院議長1967年(昭和42年)6月27日従二位、没後叙勲
正力松太郎科学技術庁長官読売新聞社社長・会長1969年(昭和44年)10月9日従二位、没後叙勲
田中耕太郎最高裁判所長官1970年(昭和45年)4月29日1960年(昭和35年)11月3日、文化勲章を受章。
正二位
1974年(昭和49年)3月1日 大勲位菊花大綬章を没後叙勲。
川島正次郎行政管理庁長官1970年(昭和45年)11月9日従二位、没後叙勲
松村謙三農林大臣1971年(昭和46年)8月21日従二位、没後叙勲
佐藤尚武参議院議長1971年(昭和46年)12月18日従二位、没後叙勲
石橋湛山内閣総理大臣1973年(昭和48年)4月25日従二位、没後叙勲
船田中衆議院議長1973年(昭和48年)4月29日従二位
重宗雄三参議院議長1973年(昭和48年)4月29日従二位
益谷秀次衆議院議長1973年(昭和48年)8月18日従二位、没後叙勲
愛知揆一大蔵大臣1973年(昭和48年)11月23日従二位、没後叙勲
佐藤達夫人事院総裁1974年(昭和49年)9月12日従二位、没後叙勲
石坂泰三経済団体連合会会長1975年(昭和50年)3月6日正三位、没後叙勲
大濱信泉早稲田大学総長1976年(昭和51年)2月13日正三位、没後叙勲
横田喜三郎最高裁判所長官1977年(昭和52年)4月29日1981年(昭和56年)11月3日、文化勲章を受章。
従二位
河野謙三参議院議長1977年(昭和52年)11月3日従二位
片山哲内閣総理大臣1978年(昭和53年)5月30日従二位、没後叙勲
植村甲午郎経済団体連合会会長1978年(昭和53年)8月1日正三位、没後叙勲
保利茂衆議院議長1979年(昭和54年)3月4日従二位、没後叙勲
椎名悦三郎外務大臣1979年(昭和54年)9月30日従二位、没後叙勲
星島二郎衆議院議長1980年(昭和55年)1月3日従二位、没後叙勲
中山伊知郎中央労働委員会会長一橋大学1980年(昭和55年)4月9日従二位、没後叙勲
前尾繁三郎衆議院議長1981年(昭和56年)7月23日従二位、没後叙勲
石井光次郎衆議院議長1981年(昭和56年)9月20日従二位、没後叙勲
安井謙参議院議長1981年(昭和56年)11月3日従二位
灘尾弘吉衆議院議長1982年(昭和57年)11月3日従二位
東龍太郎東京都知事、日本赤十字社社長1983年(昭和58年)5月26日正三位、没後叙勲
中村梅吉衆議院議長1983年(昭和58年)11月3日従二位
永野重雄日本商工会議所会頭1984年(昭和59年)5月4日正三位、没後叙勲
福田一衆議院議長1984年(昭和59年)11月3日従二位
牛場信彦国務大臣、駐米大使1984年(昭和59年)12月31日従二位、没後叙勲
藤山愛一郎外務大臣1985年(昭和60年)2月22日従二位、没後叙勲
福永健司衆議院議長1986年(昭和61年)4月29日従二位
坂田道太衆議院議長1986年(昭和61年)11月3日従二位
土光敏夫経済団体連合会会長1986年(昭和61年)11月3日従二位
松下幸之助松下電器産業株式会社会長1987年(昭和62年)4月29日正三位
西村英一建設大臣1987年(昭和62年)9月15日従二位、没後叙勲
稲山嘉寛経済団体連合会会長1987年(昭和62年)10月9日正三位、没後叙勲

平成時代(栄典制度改正による名称変更前まで)

受章者名 主な官職・役職 受章日 備考
徳永正利参議院議長1989年(平成元年)11月3日従二位
安倍晋太郎外務大臣1991年(平成3年)5月15日従二位、没後叙勲
櫻内義雄衆議院議長1993年(平成5年)11月3日従二位
矢口洪一最高裁判所長官1993年(平成5年)11月3日従二位
宇野宗佑内閣総理大臣1994年(平成6年)4月29日従二位
田村元衆議院議長1994年(平成6年)11月3日従二位
渡邉美智雄外務大臣1995年(平成7年)9月15日従二位、没後叙勲
原健三郎衆議院議長1996年(平成8年)4月29日従二位
原文兵衛参議院議長1996年(平成8年)11月3日従二位
井深大ソニー株式会社ファウンダー最高相談役1997年(平成9年)12月19日1992年(平成4年)11月3日、文化勲章を受章。
正三位、没後叙勲
草場良八最高裁判所長官1998年(平成10年)4月29日従二位
土屋義彦参議院議長1999年(平成11年)4月29日従二位
二階堂進内閣官房長官2000年(平成12年)2月3日従二位、没後叙勲
伊藤宗一郎衆議院議長2001年(平成13年)4月29日従二位
斎藤英四郎経済団体連合会会長2002年(平成14年)4月22日正三位、没後叙勲

補注

  • 勲記(叙勲内容を記載した賞状)とともに授与されその内容は官報の叙勲の項に掲載されるが、外国元首等へ儀礼的に贈る場合は必ずしも官報への掲載は行われない。
  • 皇族は受章当時の名・身位を官報掲載どおりに記載(括弧内に現在の宮号等を参考付記)
  • 通例、皇太子である親王を官報掲載する場合は必ず「皇太子○○親王」と記載されるが、叙勲(勲記)には「皇太子」が冠されない。
  • 官報で皇族を掲載する場合は、皇太子と皇太子妃を除き、宮号(秋篠宮など)・称号(浩宮など)は一切冠されない。叙勲でも同様
  • 位階は今日、没後追贈のみ行われている。健在の人物は空欄である

参考文献

  • 総理府賞勲局監修 『勲章』 毎日新聞社 昭和51年
  • 佐藤正紀 『勲章と褒賞』 社団法人時事画報社 2007年12月 ISBN 978-4-915208-22-5
  • 川村晧章 『勲章みちしるべ~栄典のすべて~』 青雲書院 昭和60年3月 ISBN 4-88078-009-X C0031
  • 藤樫準二 『勲章』 保育社カラーブックス 昭和53年5月
  • 藤樫準二 『皇室辞典』 毎日新聞社 昭和40年5月
  • 三省堂企画監修 『勲章・褒章辞典』 日本叙勲者顕彰協会 2001年8月
  • 三省堂企画監修 『勲章・褒章 新栄典制度辞典 -受章者の心得-』 日本叙勲者顕彰協会 2004年3月
  • 伊達宗克 『日本の勲章 -逸話でつづる百年史-』 りくえつ 昭和54年11月
  • James W. Pererson 『ORDERS AND MEDALS OF JAPAN AND ASSOCIATED STATES -Thied Edition-』 An Order and Medals Society of America monograph 2000年
  • 婦人画報増刊 『皇族画報』 東京社 大正4年5月
  • 婦人画報増刊 『御大典記念 皇族画報』 東京社 昭和3年10月
  • 中堀加津雄 監修 『世界の勲章展』 読売新聞社 昭和39年
  • 『皇族・華族 古写真帖』 新人物往来社 平成15年8月 ISBN 4-404-03150-5 C0021
  • 『明治・大正・昭和天皇の生涯』 新人物往来社 平成15年8月 ISBN 978-4-404-03285-0
  • 『歴史読本 特集 天皇家と宮家』 新人物往来社 平成18年11月号 JAN 4910096171163
  • 鹿島茂 解説 『宮家の時代 セピア色の皇族アルバム』 朝日新聞社 2006年10月 ISBN 4-02-250226-6
  • 大久保利謙 監修 『旧皇族・華族秘蔵アルバム 日本の肖像 第十二巻』 毎日新聞社 1991年2月 ISBN 4-620-60322-8

脚注

  1. 1907年(明治40年)、西園寺公望に授与された物。国立公文書館所蔵(請求番号:寄贈02114100)。
  2. 栗原俊雄『勲章 知られざる素顔』(岩波新書、2011年)68頁。この法案では大勲位菊花大綬章に相当する「菊花勲章」と、普通勲章としての「旭日勲章」(5等級)が盛り込まれた。それまで旭日章・宝冠章・瑞宝章あわせて28等級あった普通勲章は大幅に簡素化され、勲一等旭日桐花大綬章に相当するものもなかった。
  3. 戦前・戦中の著名人では、当時の同盟国だったドイツ国会議長、ドイツ空軍総司令官ドイツ元帥ヘルマン・ゲーリング(1943年(昭和18年)9月29日)等、軍人への授与が多い。
  4. 1961年にネパールでの宮中晩餐会にてヒマラヤ王弟殿下が佩用している写真や、1964年に来日したサウジアラビア国王ファイサル陛下の皇居での宮中晩餐会でファイサル国王の右側の席に、勲一等旭日桐花大綬章を佩用した随行の王族と思われる人間が写真に残されているなどの、写真での記録は確認されている
  5. マイケル・マンスフィールド駐日アメリカ合衆国大使、1988年(昭和63年))、他にはダグラス・マッカーサーなど没後も含め大統領・元首級に準じた数十名である。

関連項目

外部リンク

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