内閣書記官長

内閣書記官長(ないかくしょきかんちょう)は、戦前の日本において内閣の補助職員として置かれた官職。戦後の内閣官房長官の前身であるが、その地位や権能は時期によって幅がある。戦前の官僚機構のトップであり、官僚出身者が就くことが多かったが、政党内閣期には重要な政党人が就任した例も少なくない(三土忠造鳩山一郎森恪など)。俗称「翰長」(かんちょう)。

歴史

内閣書記官長の官職創設は内閣制度の発足よりも古く、太政官内での大臣参議の会合を「内閣」と称していた時代の明治12年(1879年)3月に太政官達によってはじめて設置された。ただし、当時は内閣そのものが法律上の根拠のない組織体であり、書記官長は非常設の役職であった。明治17年(1884年)に勅任官と定められ、明治18年(1885年)、内閣制度の創設とともに内閣のもとに置かれる正式の常設職となり、太政官制での最後の書記官長にあたる田中光顕第1次伊藤内閣の書記官長に任命された。

明治23年(1890年)、内閣所属職員官制の公布により、内閣に所属し内閣総理大臣の命を受ける勅任の官職として内閣書記官長の設置が規定された。同官制により、内閣書記官長は内閣の機密の文書を管掌し、閣内の庶務を統理するものと定められ、判任官以下の内閣人事を司った。また書記官長の下には現在の内閣官房の前身である内閣書記官室(大正13年(1924年)に内閣官房と改称)が置かれた。

第二次世界大戦後第1次吉田内閣に仕えた林讓治のときに、日本国憲法及び内閣法の施行にともない、内閣書記官長は内閣官房長官と改称された。機能的には事務担当の内閣官房副長官が、内閣書記官長の役割を継承しているとの見方もある。

地位と権限

内閣書記官長の身分は勅任官[注釈 1]で、大臣等の親任官よりは地位が低く、各省次官などと同じである。しかし、総理による自由任用が認められ、各省大臣と同じように内閣総理大臣と進退をともにし、「内閣の大番頭」と呼ばれるように枢要にある官職とみなされていた。

内閣所属職員の長としての書記官長は当初から官吏より下位の身分である以下の内閣所属職員の任命権を有し、さらに、のちには官吏である判任官以下の職員の進退を専行するものとされた。

また、書記官長に直属する内閣書記官室(のちに内閣官房)以外の内閣所属各局に対しては各局の局長に対する指揮権を有した。この指揮権はのちに命令権に改められている。

権限は漸次強化されて、政党内閣期にその重要性は頂点に達し、有力な政党人の就任が続いたが、1930年代になると官僚の力が強まり、相対的にその地位は低くなっていったとされる。対照的に存在感を増していったのが、内閣調査局長官、及びそれを前身の一つとする企画院総裁であった[1]

戦前期には法制局長官企画院総裁とともに「内閣三長官」と称された[2]

職務を規定する条文

明治12年太政官達第14号[3]
太政官中内閣書記官ヲ被置官等左ノ通被定候条此旨候達相事(明治12年3月10日発布)
内閣所属職員官制(明治22年勅令第140号)
第三条 書記官長ハ命ヲ内閣総理大臣ニ承ケ機密ノ文書ヲ管掌シ閣内ノ庶務ヲ統理シ及属以下ノ任免ヲ専行ス
内閣所属職員官制(明治26年勅令第119号、明治31年勅令第255号も同文)
第二条 書記官長ハ内閣総理大臣ノ命ヲ承ケ機密文書ヲ管掌シ内閣ノ庶務ヲ統理シ及判任官以下ノ進退ヲ専行ス
内閣所属部局及職員官制(大正13年勅令第307号)
第九条 書記官長ハ内閣総理大臣ヲ佐ケ機密文書ヲ管掌シ内閣ノ庶務ヲ統理シ所部ノ職員ヲ監督シ判任官以下ノ進退ヲ専行ス

歴代の内閣書記官長

内閣制度以前

氏名在職期間
1 中村弘毅1879年3月12日 ‐ 1880年4月10日
- (欠員)1880年4月10日 - 1882年1月28日
2 井上毅1882年1月28日 ‐ 1883年7月16日[4]
- (欠員)1883年7月16日 - 1884年12月16日
3 土方久元1884年12月16日[注釈 2][5] ‐ 1885年7月29日
4 田中光顕1885年7月29日 ‐ 1885年12月22日

内閣制度以降

氏名内閣在職期間出身
1 田中光顕第1次伊藤内閣1885年12月22日 ‐ 1888年4月30日
2 小牧昌業黒田内閣1888年5月28日 ‐ 1889年12月24日
3 周布公平第1次山縣内閣1889年12月26日 ‐ 1891年6月15日
4 平山成信第1次松方内閣1891年6月16日 ‐ 1892年8月8日
5 伊東巳代治第2次伊藤内閣1892年8月8日 ‐ 1896年9月20日
6 高橋健三第2次松方内閣1896年9月20日 ‐ 1897年10月8日
7 平山成信第2次松方内閣1897年10月8日 ‐ 1898年1月12日
8 鮫島武之助第3次伊藤内閣1898年1月12日 ‐ 1898年6月30日貴族院
9 武富時敏第1次大隈内閣1898年7月7日 ‐ 1898年11月8日
10 安廣伴一郎第2次山縣内閣1898年11月8日 ‐ 1900年10月19日
11 鮫島武之助第4次伊藤内閣1900年10月19日 ‐ 1901年6月2日
12 柴田家門第1次桂内閣1901年6月2日 ‐ 1906年1月7日
13 石渡敏一第1次西園寺内閣1906年1月7日 ‐ 1908年1月4日
14 南弘第1次西園寺内閣1908年1月4日 ‐ 1908年7月14日
15 柴田家門第2次桂内閣1908年7月14日 ‐ 1911年8月30日
16 南弘第2次西園寺内閣1911年8月30日 ‐ 1912年12月21日
17 江木翼第3次桂内閣1912年12月21日 ‐ 1913年2月20日
18 山之内一次第1次山本内閣1913年2月20日 ‐ 1914年4月16日
19 江木翼第2次大隈内閣1914年4月16日 ‐ 1916年10月9日
20 児玉秀雄寺内内閣1916年10月9日 ‐ 1918年9月29日
21 高橋光威原内閣1918年9月29日 ‐ 1921年11月13日立憲政友会
22 三土忠造高橋内閣1921年11月24日 ‐ 1922年6月12日立憲政友会
23 宮田光雄加藤友三郎内閣1922年6月12日 ‐ 1923年9月2日貴族院庚申倶楽部
24 樺山資英第2次山本内閣1923年9月2日 ‐ 1924年1月7日
25 小橋一太清浦内閣1924年1月7日 ‐ 1924年6月11日政友本党
26 江木翼加藤高明内閣1924年6月11日 ‐ 1925年8月2日
27 塚本清治第1次若槻内閣1925年8月2日 ‐ 1927年4月20日
28 鳩山一郎田中義一内閣1927年4月20日 ‐ 1929年7月2日立憲政友会
29 鈴木富士彌濱口内閣1929年7月2日 ‐ 1931年4月14日立憲民政党
30 川崎卓吉第2次若槻内閣1931年4月14日 ‐ 1931年12月13日
31 森恪犬養内閣1931年12月13日 ‐ 1932年5月26日立憲政友会
32 柴田善三郎齋藤内閣1932年5月26日 ‐ 1933年3月13日内務省
33 堀切善次郎齋藤内閣1933年3月13日 ‐ 1934年7月8日
34 河田烈岡田内閣1934年7月8日 ‐ 1934年10月20日
35 吉田茂岡田内閣1934年10月20日 ‐ 1935年5月11日
36 白根竹介岡田内閣1935年5月11日 ‐ 1936年3月9日
37 藤沼庄平廣田内閣1936年3月10日 ‐ 1937年2月2日
38 大橋八郎林内閣1937年2月2日 ‐ 1937年6月4日
39 風見章第1次近衛内閣1937年6月4日 ‐ 1939年1月4日
40 田邊治通平沼内閣1939年1月5日 ‐ 1939年4月7日
41 太田耕造平沼内閣1939年4月7日 ‐ 1939年8月30日
42 遠藤柳作阿部内閣1939年8月30日 ‐ 1940年1月16日
43 石渡荘太郎米内内閣1940年1月16日 ‐ 1940年7月22日
44 富田健治第2次近衛内閣1940年7月22日 ‐ 1941年10月18日内務省
45 第3次近衛内閣
46 星野直樹東條内閣1941年10月18日 ‐ 1944年7月22日
47 三浦一雄小磯内閣1944年7月22日 ‐ 1944年7月29日
48 田中武雄小磯内閣1944年7月29日 ‐ 1945年2月10日
49 広瀬久忠小磯内閣1945年2月10日 ‐ 1945年2月21日
50 石渡荘太郎小磯内閣1945年2月21日 ‐ 1945年4月7日
51 迫水久常鈴木貫太郎内閣1945年4月7日 ‐ 1945年8月17日大蔵省
52 緒方竹虎東久邇宮内閣1945年8月17日 ‐ 1945年10月5日貴族院無所属
53 次田大三郎幣原内閣1945年10月9日 ‐ 1946年1月13日貴族院同成会
54 楢橋渡幣原内閣1946年1月13日 ‐ 1946年5月22日衆議院無所属
55 林讓治第1次吉田内閣1946年5月29日 ‐ 1947年5月3日自由党

脚注

注釈

  1. 最後の内閣書記官長・林讓治は内閣官房長官への改称前日である1947年5月2日に「特ニ親任官ノ待遇ヲ賜フ」との辞令を受けている。
  2. 議定官兼任。

出典

  1. 北岡伸一『政党から軍部へ』(中央公論社、1999年)196頁
  2. 「新内閣政治枢軸に颯爽たり三羽烏」 国民新聞1940年1月20日
  3. 『法令全書』明治12年、内閣官房局、明治20年1
  4. 『官報』第14号「叙任」、明治16年7月17日
  5. 『官報』第443号「賞勲叙任」、明治17年12月17日


関連項目

参考文献

  • 小田部雄次「内閣書記官長」『日本史大事典』平凡社 1992-1994年
  • 三沢潤生「内閣書記官長」『国史大辞典』吉川弘文館 1990-1997年
  • 高山文彦 『霞が関影の権力者たち』 講談社 1996年
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