元中

元中げんちゅうは、日本南北朝時代元号の一つ。南朝方で使用された。弘和の後。1384年から1392年までの期間を指す。この時代の天皇は、南朝方が後亀山天皇北朝方が後小松天皇室町幕府将軍は足利義満

改元

出典

出典・勘申者ともに不詳。『易経』彖伝上に「黄裳吉、文在也」とある。

元中年間の出来事

南朝関係に限る。

元年(1384年)
2年(1385年)
3年(1386年)
4年(1387年)
5年(1388年)
6年(1389年)
7年(1390年)
8年(1391年)
9年(1392年)
10年(1393年)以降
  • 九州征西府や東国新田氏を中心とする南朝勢力の間では、合一後もなお「元中」年号が使用され続けた。具体例としては、『阿蘇文書』に元中10年(1393年)、『五条家文書』に同11年(1394年)・同12年(1395年)、『市河文書』に同14年(1397年[2]、『日枝神社文書』に同18年(1401年)の各年紀を持つ文書がある。

死去

2年(1385年)
3年(1386年)
4年(1387年)
6年(1389年)
7年(1390年)
8年(1391年)

西暦との対照表

※は小の月を示す。

元中元年(甲子一月二月三月※四月五月六月※七月八月※九月閏九月※十月※十一月十二月※
至徳元年
ユリウス暦1384/1/232/223/234/215/216/207/198/189/1610/1611/1412/131385/1/12
元中二年(乙丑一月二月※三月四月五月※六月七月※八月九月十月※十一月十二月※
至徳二年
ユリウス暦1385/2/103/124/105/106/97/88/79/510/511/412/31386/1/2
元中三年(丙寅一月※二月三月※四月五月※六月七月八月※九月十月十一月※十二月
至徳三年
ユリウス暦1386/1/313/13/314/295/296/277/278/269/2410/2411/2312/22
元中四年(丁卯一月※二月※三月四月※五月閏五月※六月七月※八月九月十月※十一月十二月
嘉慶元年
ユリウス暦1387/1/212/193/204/195/186/177/168/159/1310/1311/1212/111388/1/10
元中五年(戊辰一月※二月※三月四月※五月※六月七月※八月九月十月十一月※十二月
嘉慶二年
ユリウス暦1388/2/93/94/75/76/57/48/39/110/110/3111/3012/29
元中六年(己巳一月二月※三月四月※五月※六月※七月八月※九月十月十一月※十二月
康応元年
ユリウス暦1389/1/282/273/284/275/266/247/238/229/2010/2011/1912/18
元中七年(庚午一月二月三月※閏三月※四月五月※六月※七月八月※九月十月※十一月十二月
明徳元年
ユリウス暦1390/1/172/163/184/165/156/147/138/119/1010/911/812/71391/1/6
元中八年(辛未一月二月※三月四月※五月六月※七月※八月九月※十月十一月※十二月
明徳二年
ユリウス暦1391/2/53/74/55/56/37/38/18/309/2910/2811/2712/26
元中九年(壬申一月二月※三月四月五月※六月七月※八月※九月十月※閏十月※十一月十二月
明徳三年
ユリウス暦1392/1/252/243/244/235/236/217/218/199/1710/1711/1512/141393/1/13

脚注

関連項目

  • 向嶽寺 - 元中2年(1385年)後亀山天皇から勅願寺に列せられたと伝えられ、向嶽元中禅寺の別号がある。
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