一ツ橋

一ツ橋(ひとつばし)は、東京都千代田区の地名である。現行行政地名は一ツ橋一丁目および一ツ橋二丁目。一丁目は麹町地域、二丁目は神田地域と分かれている。住居表示実施済み。郵便番号は一丁目が100-0003[2]、二丁目が101-0003[3]

日本 > 東京都 > 千代田区 > 一ツ橋
一ツ橋
共立女子大学神田一ツ橋キャンパス
一ツ橋
一ツ橋の位置
北緯35度41分38.87秒 東経139度45分24.56秒
日本
都道府県 東京都
特別区 千代田区
地域 麹町地域(一丁目)
神田地域(二丁目)
人口
2017年(平成29年)12月1日現在)[1]
  合計 65人
等時帯 UTC+9 (日本標準時)
郵便番号
100-0003(一丁目)[2]
101-0003(二丁目)[3]
市外局番 03[4]
ナンバープレート 品川

地理

江戸城の北に位置していて、西は清水濠、南は平川濠・大手濠に接している。平川橋も架かっている。かつて町名が神田一ツ橋の時代もあった。小学館およびその関連会社(集英社など)の本社が集中していることから、出版業界ではそれら企業群のことを俗に「一ツ橋グループ」と呼ばれる。

歴史

「一ツ橋」の由来

「一ツ橋」の地名は中心部よりやや南を南東から北西へ縦断する日本橋川に架かる一ツ橋(一橋)に由来している。一ツ橋付近はもともと平川(いまの日本橋川)と小石川(現在の白山通り)の合流地点であり、合流点を表す「一つ」がこの地点に架かる橋の名称、さらにこの付近の地名になった。町名の由来となった一ツ橋は後述の一橋御門の築造以前から存在していたと考えられている。

江戸時代

江戸時代初期の1606年慶長11年)以降、この橋の前に江戸城の外郭門が築造され、「一橋御門」と命名された。8代将軍徳川吉宗は、子の宗尹に一橋門内(現在の丸紅本社 - 一橋会館の一画)に屋敷を与えて一橋家を創設、のち御三卿の一つに数えられた(地名が「一ツ橋」と表記されるのに対し、御三卿の家名は一般に「一橋」と表記される)。江戸中期以降、一橋門外は火除明地となり一帯は「護持院原」(ごじいんがはら / 森鷗外の小説で有名)と命名された。

明治時代以降

一ツ橋門(明治期撮影)

江戸幕府終焉後の1873年明治6年)になって一橋門は撤去され、1878年神田区設置に際して一ツ橋は同区に編入された(その後1947年現在の千代田区に統合)。

こののち一ツ橋および隣接の神田錦町東京大学一橋大学東京外国語大学学習院の前身校が設置されたことで、かつて護持院原と呼ばれたこの一帯は明治時代の一時期には文教地区の観を呈し、各大学の校史において「発祥の地」として位置づけられている(東京商科大学 (旧制)東京外国語学校 (旧制)参照)。また近隣の神田昌平黌跡の湯島聖堂内に設立(1872年)された東京高等師範学校の附属小学校・附属中学校(現在の筑波大学附属小学校中学校・高等学校)も、1890年から1910年まで神田区一ツ橋通町(現在の一ツ橋2丁目、共立女子学園の所在地)に存在していた。これらの教育機関の中でも特に一橋大の場合、前身校である旧制東京商大が国立への移転を経て第二次世界大戦後の新制大学移行に際し、発祥の地名を校名に冠し「一橋大学」と改称、現在に至っている。なお東京商科大学が1933年に移転した後、跡地と建物を本社として取得したのが小学館である。

文教地区としての一ツ橋の雰囲気は、共立女子大キャンパスおよび一橋大の一部施設(一橋講堂・如水会館など)にわずかに残されている。

世帯数と人口

2017年(平成29年)12月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]

丁目世帯数人口
一ツ橋二丁目 48世帯 65人

小・中学校の学区

区立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[5]。なお、千代田区の中学校では学校選択制度を導入しており、区内全域から選択することが可能[6]

丁目番地小学校中学校
一ツ橋一丁目全域千代田区立お茶の水小学校千代田区立麹町中学校
千代田区立神田一橋中学校
一ツ橋二丁目全域

施設

施設建造物
企業
法人団体

研究・教育機関

交通

鉄道
バス
道路
首都高速道路・出入口

関連項目

脚注

  1. 町丁別世帯数および人口(住民基本台帳)”. 千代田区 (2017年12月6日). 2018年1月2日閲覧。
  2. 郵便番号”. 日本郵便. 2019年8月30日閲覧。
  3. 郵便番号”. 日本郵便. 2019年8月30日閲覧。
  4. 市外局番の一覧”. 総務省. 2018年1月2日閲覧。
  5. 区立小学校の通学区域”. 千代田区 (2017年8月17日). 2018年1月2日閲覧。
  6. 区立中学校の通学区域と学校選択”. 千代田区 (2017年10月26日). 2018年1月2日閲覧。

外部リンク

This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.