マドリード・コンプルテンセ大学

マドリード・コンプルテンセ大学スペイン語: Universidad Complutense de Madrid, 略称はUCM)は、スペインマドリード州マドリードモンクロア=アラバカ区に位置する公立大学。86,000人以上の学生が在籍している[1]

マドリード・コンプルテンセ大学
スペイン語: Universidad Complutense de Madrid
ラテン語: Universitas Complutensis Matritensis
別名 La Complu, Universidad de Madrid (nickname)
モットー ラテン語: Libertas Perfundet Omnia Luce
種別 公立大学
設立年 1293年5月20日(中世大学
1499年(大学)
提携関係 Europaeum、Compostela Group of Universities、Utrecht Network、UNICA、国際大学協会(IAU)
学長 カルロス・アンドラーダス・エランス
職員数
11,162名
学部生 74,771名
大学院生 11,388名
所在地 スペイン
マドリード
キャンパス 都市型
学生組織 107グループ
スクールカラー         
公式サイト www.ucm.es

マドリード・コンプルテンセ大学の歴史は非常に古く、ヨーロッパ最古の部類に属し、スペインにおいてはサラマンカ大学に次ぐ歴史をもつ。世界で最初期に女子学生に博士号を与えた大学のひとつである[2]

歴史

大学の設立に貢献したシスネロス枢機卿

1293年5月20日、カスティーリャ王サンチョ4世トレド大司教ゴンサロ・ガルシア・グディエルに対して、アルカラ・デ・エナーレス中世大学(ストゥディウム・ゲネラーレ, ラテン語: Studium Generale)を設立するための勅許を与えた[3]。15世紀にスペイン王国の摂政・枢機卿となったフランシスコ・ヒメネス・デ・シスネロスはこの中世大学の卒業生であり、大規模な土地を購入して多くの建物の建設を命じ、コンプルテンセ大学にとって最初の「キャンパス」を建設した。1499年4月13日、シスネロス枢機卿は中世大学を正式な「大学」にするために、ローマ教皇アレクサンデル6世から教皇勅書を取得し、アルカラ・デ・エナーレスのラテン語名である「コンプルテンセ」を用いたコンプルテンセ大学Universitas Complutensis、後にComplutum)を設立した。

16世紀初頭(1509-1510年度)には、人文科学・哲学部、神学部、教会法学部、文献学部、医学部の5つの学部が編成された[4][5]。16世紀から17世紀のあいだに、コンプルテンセ大学は世界の学問の中心地のひとつとなった。科学、人文科学、政治学などで世界を代表する学者がコンプルテンセ大学で教鞭をとったり研究を行っていた[6]。フランドルやアイルランドなどからやってきた外国人学生のための特別カレッジも設立された。

コンプルテンセ大学は世界でもっとも早くから女子学生に博士号を与えた大学のひとつであり、1785年にマリーア・イシドラ・デ・グスマン・イ・デ・ラ・セルダに博士号を授与した[2]。例えば、イギリスのオックスフォード大学は1920年まで女性学者を受け入れず[7]ケンブリッジ大学は1926年まで女子学生に博士号(Ph.D.)を授与しなかった[8]

1824年、フランシスコ・タデオ・カロマルデはシグエンサ大学と合併することでコンプルテンセ大学の規模を拡大させた[9]イサベル2世の治世の1836年、コンプルテンセ大学はアルカラからマドリードに移転し、名称をマドリード中央大学(Universidad Central en Madrid)に変更、1970年代に「コンプルテンセ」の名前が復活するまでマドリード中央大学として知られた。これにともなって、アルカラ・デ・エナーレスにあった校舎は閉鎖されている。1857年の勅令によって、スペイン帝国下で博士号(PhD)を授与できるスペイン唯一の学術機関とされた。

1927年にはスペイン国王アルフォンソ13世がマドリード中央大学の土地を確保するための勅令を公布し、モンクロア宮殿に近い場所にコンプルテンセ大学のキャンパスが成立した。今日ではこのキャンパスは「大学都市」と呼ばれている。キャンパスの建設にあたって、マドリード中央大学の理事会はヨーロッパと北アメリカの権威ある大学を視察し、両大陸の長所を組み合わせて建設することを決定した。北アメリカにある19の大学に加えて、フランスのパリリヨン、イギリスのオックスフォード、ドイツのベルリンハンブルクなどの大学都市をめぐり、ハーバード大学ペンシルベニア大学パリ大学ベルリン大学などが強く反映されている。

コンプルテンセ大学講堂

1923年2月28日には理論物理学者のアルバート・アインシュタインに名誉博士号を授与しており、コンプルテンセ大学はアインシュタインに初めて名誉科学博士号を授与したヨーロッパの大学である。1933年4月にはフェルナンド・デ・ロス・リオス教育・芸術大臣が、科学部に付属する「アルバート・アインシュタイン・インスティテュート」でアインシュタインが教授となることに合意したと発表したが[10]、ヨーロッパ全土で悪化する政治情勢によってアインシュタインが教鞭をとることはなく、アメリカ合衆国のプリンストン大学で類似する地位に就いた。

フランコ体制末期には大学改革が行われ、1968年にはマドリード第2の公立大学としてマドリード自治大学が設立された。マドリード中央大学はマドリード自治大学との混同を避けるために、マドリード・コンプルテンセ大学(Universidad Complutense de Madrid)に改称された。1971年にはマドリード・コンプルテンセ大学の工学分野と建築学分野が分割されてマドリード工科大学となった。アルカラ・デ・エナーレス市にある古い大学建築物には、マドリード・コンプルテンセ大学を分割する形でアルカラ大学が設立された。

現在のコンプルテンセ大学はスペインでもっとも規模の大きな大学であり、2004-05年度には91,598人の学生、約9,500人の職員、6,000人以上の教員が在籍していた。年間予算は5億ユーロ以上に上る。80近くの専攻、230の学位、221の博士号プログラムを提供している。30を越える図書室があり、200万冊以上の文献を所有している。特に90,000本以上の歴史的文書を所有しており、さらにヨーロッパ有数の映像資料のコレクションを有している。

コンプルテンセ大学の卒業生では、民主化以後にカルロス・アリアス・ナバーロ(在任1973年-1976年)、アドルフォ・スアレス(在任1976年-1981年)、ホセ・マリア・アスナール(在任1996年-2004年)の3人がスペイン首相を務めた。スペインの首都マドリードに拠点をおいていることから、コンプルテンセ大学はマドリードにある研究機関に対して多大な支援を行っている。医学部はサン・カルロス大学臨床病院、グレゴリオ・マラニョン病院、10月12日病院を運営しており、その他にも多数の専門病院を運営している。情報学部の教員の多くは元ジャーナリストであり、情報学部はメディアと良好な関係を築いている。カルメン・マウラサンティアゴ・セグラアレハンドロ・アメナーバルなど、コンプルテンセ大学出身の映画人も多い。情報学部は隔月刊の新聞「the Gaceta Complutense」を刊行しており[11]、1日12時間放送のラジオ局「ラジオ・コンプルテンセ」を運営している[12][13][14]

評価

エル・ムンド紙はコンプルテンセ大学について、「スペインでもっとも権威ある学術機関だと広く考えられている」としている[15]。一貫してスペインでトップクラスの大学に位置づけられており[16][17]、学術界、文化界、経済界、政治界などに多大な貢献を行っている。卒業生には著名な哲学者、著作家、科学者、歴史学者、軍人、政治家、指導者などがいる。卒業生にはノーベル賞受賞者7人、アストゥリアス皇太子賞受賞者18人、セルバンテス賞受賞者7人、欧州委員会委員、欧州議会議長欧州評議会事務総長、欧州中央銀行理事、北大西洋条約機構(NATO)事務総長、ユネスコ事務局長、国際通貨基金専務理事、スペイン首相スペイン国王がいる。

卒業生

スペイン王室

政治

第一共和政期以前
  • ドン・フアン・デ・アウストリア : 軍人。ネーデルラント統治者。レパントの海戦で勝利。「ヨーロッパ最後の騎士」。
  • アレッサンドロ・ファルネーゼ (パルマ公) : ピアツェンツァ公爵。
  • カルディナル・マサリン : 政治家。第2代フランス首相(1642–1661)。リシュリュー枢機卿の後任。
  • ガスパール・デ・ボルハ・イ・ベラスコ : 聖職者。スペイン大主教・セビリア大司教・トレド大司教・ナポリ総督。
  • ガスパール・メルチョール・デ・ホベリャノス : スペイン首相。1812年憲法の理論家。
  • ニコラス・サルメロン・イ・アロンソ : スペイン第一共和政期の大統領。
  • エミリオ・カステラール・イ・リポイ : スペイン第一共和政期のジャーナリスト・随筆家・大臣。
第二共和政期
  • マヌエル・アサーニャ(1880-1940) : 法曹・政治家。スペイン第二共和政首相(1931-1933、1936)、大統領(1936-1939)。
  • フアン・ネグリン・ロペス : 政治家。スペイン第二共和政最後の大統領。
  • グレゴリオ・マラニョン : 医師・科学者・歴史学者・著作家・哲学者。
  • フリアン・ベステイロ・フェルナンデス : スペイン第二共和政期の政治家。社会労働党(PSOE)所属。
  • クララ・カンポアモール : スペイン第二共和政期の政治家・フェミニスト。
  • ビクトリア・ケント : スペイン第二共和政期の随筆家・フェミニスト。
  • クラウディオ・サンチェス=アルボルノス・イ・メンドゥイーニャ : スペイン第二共和政期の歴史学者・政治家。
  • フェルナンド・デ・ロス・リオス・ウルッティ : スペイン第二共和政期の無政府主義者・政治家。
民主化以後

経済

  • ロドリゴ・ラト : 政治家。経済・財務大臣。第9代国際通貨基金(IMF)会長。
  • ホセ・マヌエル・ゴンサーレス・パラモ : 欧州中央銀行理事。

文学

ジャーナリズム

  • コンセプシオン・アレナル : ジャーナリスト・随筆家・政治活動家。
  • フェルミン・カバリェーロ : ジャーナリスト・出版家・政治家。
  • フアン・イグナシオ・ルカ・デ・テナ : ジャーナリスト・劇作家・外交官。
  • トルクアト・ルカ・デ・テナ・イ・アルバレス=オソリオ : ジャーナリスト。ABC紙創設者。
  • ホセ・オルテガ・スポットルノ : ジャーナリスト。アリアンサ・エディトリアル創設者。エル・パイス紙共同創設者。
  • ヘスース・デ・ポランコ : ジャーナリスト。エル・パイス紙共同創設者。エディトリアル・サンティリャーナ、グルーポPRISA、カデーナ・セール創設者。
  • フアン・ルイス・セブリアン : ジャーナリスト。エル・パイス紙共同創設者・編集長。レアル・アカデミア・エスパニョーラ会員。
  • エルビラ・リンド(1962-) : ジャーナリスト・小説家・脚本家。ジャーナリズム専攻。

哲学

  • アントニオ・デ・ネブリハ : 人文学者。
  • ドミンゴ・デ・ソト : 哲学者・神学者・トレント評議会の理論家。
  • ホセ・ガオス : ネオヒューマズム哲学者。
  • ホセ・ルイス・ロペス・アラングレン : 哲学者。
  • フリアン・マリアス : 哲学者。
  • フランシスコ・エリアス・デ・イェハーダ・イ・スピノラ : 哲学者・法学理論家・政治理論家。
  • マリーア・イシドラ・デ・グスマン・イ・デ・ラ・セルダ : 哲学者。スペイン人女性初の博士号取得者。
  • ライモン・パニカール : 哲学者・神学者。宗教比較哲学者。
  • トマス・デ・ビリャヌエバ : 聖職者。バレンシア大司教。神学者。
  • シャビエル・スビリ : 哲学者・言語学者。
  • マリア・サンブラーノ : 哲学者。
  • ホセ・オルテガ・イ・ガセット(1833-1955) : ネオヒューマニズム哲学者。Ratio-Vitalismの創設者。著作家・ジャーナリスト。
  • ミゲル・デ・ウナムーノ(1864-1936) : 思想家・哲学者・著作家。98年世代。ネオヒューマニズム哲学者。
  • ディエス・デル・コラール(1911-1998) : 哲学者・歴史学者。アストゥリアス皇太子賞受賞。
  • フェルナンド・サバテール(1947-) : 哲学者。

歴史

  • アンブロシオ・デ・モラーレス : 歴史学者。
  • フランシスコ・ヒネール・デ・ロス・リオス : 歴史学者。
  • フアン・デ・マリアーナ : 歴史学者・政治理論家。
  • ホセ・アマドール・デ・ロス・リオス : 歴史学者。
  • マヌエル・コルメイロ・ペニード : 経済学者・歴史学者・法学者。
  • マルセリーノ・メネンデス・イ・ペラージョ : 歴史学者
  • ラモン・メネンデス・ピダル : 歴史学者。
  • ラファエル・アルタミラ・イ・クレベア(1881-1951) : 歴史学者・法学者。常設国際司法裁判所裁判官。

医学

数学・自然科学

  • アルバート・アインシュタイン : 名誉科学博士。
  • アンヘル・マルティン・ムニシオ : 化学者・薬学者。王立スペイン科学アカデミー会長。
  • ブラス・カブレラ・フェリペ : 物理学者。王立スペイン科学アカデミー会長。
  • カルロス・サンチェス・デル・リオ : 物理学者。王立スペイン科学アカデミー会長。
  • エドゥアルド・トロハ・カバリェ : 数学者。レアル・アカデミア・エスパニョーラ会員。
  • エンリケ・モレス・オルメーリャ : 物理学者。
  • フェデリコ・マジョール・サラゴサ : 薬学者。ユネスコ事務局長(1987-1999)。
  • フアン・マヌエル・ロドリゲス・パロンド : 物理学者。
  • ホセ・クアトレカサス : 植物学者。
  • ホセ・ロドリゲス・カラシード : 化学者・薬学者。コンプルテンセ大学薬学部長/学長。王立スペイン科学アカデミー会長。
  • フアン・ルイス・アルスアガ : 生物学者・古生物学者。
  • フリオ・レイ・パストール : 数学者。
  • マルガリータ・サラス : 科学者。インスティテュート・デ・エスパーニャ所長。
  • ミゲル・カタラン・サニュード : 科学者。
  • シクスト・リオス : 数学者・統計学者。
  • ヘスース・ウエルタ・デ・ソト : 経済学者・法学者。
  • フアン・イグナシオ・シラック・サストゥライン : 量子物理学者。ウルフ賞物理学部門受賞(2013)。
  • マリアーノ・ラガスカ・イ・セグーラ(1776-1839) : 植物学者。マドリード王立植物園園長。医学専攻。

芸術

その他

  • アンヘル・サンス・ブリス : 外交官。第二次世界大戦時にはハンガリーに住む何千人ものユダヤ人を救った。
  • エクトル・パウリーノ・ドミンゲス・ロドリゲス : ドミニカ共和国の大使。
  • エミリオ・ガルシア・ゴメス : アラブ文化に関する国際的権威。
  • フェルナンド・コルデロ・クエバ : エクアドルの政治家・建築家。
  • イルデガルト・ロドリゲス・カルバリェイラ : フェミニスト活動家。
  • J.B.L.レジェス : フィリピンの法学者。
  • ホセ・アントニオ・リョレンテ : リョレンテ&クエンカの創設者。
  • ミゲル・アルバレス=フェルナンデス : サウンドアーティスト・音響理論家。
  • バレンティン・ガルシア・ジェブラ : 言語学者・翻訳学者。
  • ホセ・リサール(1861-1896) : フィリピンの著作家・独立運動家。
  • ペドロ・アルペ(1907-1991) : カトリック司祭。イエズス会第28代総長(1965-1983)。上智大学教授。医学専攻。
  • フリオ・カロ・バローハ(1914-1995) : 人類学者・歴史学者・言語学者。ピオ・バローハの甥。

脚注

外部リンク

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