マジェンタ

マジェンタイタリア語: Magenta)は、イタリア共和国ロンバルディア州ミラノ県にある、人口約2万4000人の基礎自治体コムーネ)。

マジェンタ
Magenta
Chiesa di San Martino
行政
イタリア
ロンバルディア
県/大都市 ミラノ
CAP(郵便番号) 20013
市外局番 02
ISTATコード 015130
識別コード E801
分離集落 Ponte Vecchio, Ponte Nuovo
隣接コムーネ #隣接コムーネ参照
気候分類 zona E, 2532 GG
公式サイト リンク
人口
人口 23,845 [1](2017-01-01)
人口密度 1,093.3 人/km2
文化
住民の呼称 magentini
守護聖人 聖マルティーノ・ディ・トゥール (San Martino di Tours)
祝祭日 11月11日
地理
座標 北緯45度28分0秒 東経8度53分0秒
標高 138 (104 - 145) [2] m
面積 21.81 [3] km2
マジェンタの位置

ミラノ県におけるコムーネの領域
ポータル イタリア

ミラノから西へ約25km、ティチーノ川左岸(東岸)に位置する。第二次イタリア独立戦争中の1859年には、当地でマジェンタの戦いが行われた。「マゼンタ」という染料とその色の名は、この地名に由来する。

地理

位置・広がり

ミラノ県西部のコムーネ。ミラノから西へ23km、ヴァレーゼから南へ40km、ノヴァーラから東へ21kmの距離にある[4]。ミラノの衛星都市[5]

隣接コムーネ

隣接するコムーネは以下の通り。括弧内のNOはノヴァーラ県 所属を示す。

地形・地勢

歴史

古代の「Galli Insubri」(ロンバルディア・ガリア)の中心。街の起源はローマ時代にあると考えられている。4世紀初頭、ローマ皇帝マクセンティウスがこの地に司令部を置いた[5]。マジェンタの地名は「マクセンティウスの野営」を意味するCastra Maxentiaから来ている。

マジェンタの戦い

マジェンタは、第二次イタリア独立戦争中の1859年6月4日に行われた戦闘(マジェンタの戦い)で特に有名である。 ピエモンテとフランスの連合軍、対するはオーストリア=ハンガリー軍で、戦闘はフランス・ピエモンテが勝利し、ロンバルディア征服の道筋となった。

この戦いから間もなく、フランスの化学者によって発明された赤色アニリン染料は、戦勝を記念して「マジェンタ(マゼンタ)」と呼ばれるようになった[6]

産業

アルコール工業[5]、絹織物業[5]、家具製造業[5]が立地する。

姉妹都市

人物

おもな出身者

脚注

  1. 国立統計研究所(ISTAT). Total Resident Population on 1st January 2017 by sex and marital status (英語). 2018年3月14日閲覧。
  2. 国立統計研究所(ISTAT). Tavola: Popolazione residente - Milano (dettaglio loc. abitate) - Censimento 2001. (イタリア語). 2018年3月14日閲覧。
  3. 国立統計研究所(ISTAT). Tavola: Superficie territoriale (Kmq) - Milano (dettaglio comunale) - Censimento 2001. (イタリア語). 2018年3月14日閲覧。
  4. 地図上で2地点の方角・方位、距離を調べる”. 2017年1月6日閲覧。
  5. マジェンタ”. ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典. 2019年1月30日閲覧。
  6. マジェンタ染料”. とっさの日本語便利帳(コトバンク所収). 朝日新聞出版. 2019年1月30日閲覧。

外部リンク

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