フェンタニル

フェンタニル (Fentanyl) とは、主に麻酔鎮痛疼痛緩和の目的で利用される合成オピオイドである。1996年のWHO方式がん疼痛治療法の3段階中の3段階目で用いられる強オピオイドである。麻薬及び向精神薬取締法における麻薬に指定されている。

フェンタニル
臨床データ
胎児危険度分類
  • US: C
    法的規制
    識別
    ATCコード N01AH01 (WHO) N02AB03 (WHO)
    KEGG D00320
    化学的データ
    化学式C22H28N2O
    分子量336.48 g·mol−1

    薬理

    フェンタニルの効果は、同用量でラットによる動物実験ではモルヒネの約292倍の鎮痛効果があり[1]極めて強力な鎮痛・鎮咳作用を有する。モルヒネを始めとするその他のオピオイド性鎮痛薬と同様、循環器系にあまり影響はないが、呼吸抑制は強く、臨床使用量でも注意深い観察や呼吸補助を必要とする。大量投与でない限り、意識レベルには影響しない。使用後に吐き気を訴えることがある。

    排泄半減期は3.6時間と長いが、急速に脂肪組織などへ移行するため、血漿中からは投与後60分以内に98%が消失する。

    剤型・用途

    デュロテップ

    フェンタニルの注射剤は麻酔、鎮痛に使われる。鎮痛効果の強さと血漿半減期の短さから、刻一刻と変化する侵襲に対応しやすく、手術中の鎮痛薬に適している。特に全身麻酔の場合人工呼吸器を使用するため、副作用の呼吸抑制も無視できる。

    パッチ剤は癌性疼痛の緩和に使われる。特に経口オピオイドが使えない患者に有用である。パッチ剤は商品名デュロテップMTパッチフェントステープがある。

    経口投与も可能であり、舌下錠が市販されている(商品名アブストラル)。

    乱用

    乱用薬物としても流通していて、その効果から「合成ヘロイン」「ヘロインのデザイナードラッグ」とも評される。同量でヘロインより50倍の効果があることから、流通しているヘロインに混ぜ物として混入しているとも言われる。

    アメリカ合衆国での処方薬に端を発して死亡者が増加しているオピオイド危機は、そのほとんどがフェンタニルまたはフェンタニル誘導体の合成オピオイドである[2]

    事故

    2016年4月21日の早朝に、アメリカのミュージシャンであるプリンスが、アメリカ合衆国ミネソタ州にあるペイズリー・パーク・スタジオで亡くなった。このことについて、同年6月2日にミネソタ州の検視当局により、死因はフェンタニルの過剰投与による中毒死であるという報告書が公表された[3]

    2019年7月1日(日本時間2日)にロサンゼルス・エンゼルスの投手であるタイラー・スキャッグスが遠征先のテキサス州ダラス近郊のホテルで亡くなった。死因は自身の嘔吐物をつまらせた窒息死で、検死で体内からアルコールの他にフェンタニル、オキシコドン、エタノールが検出された。フェンタニルを含む薬剤をその実態を知りながら意図的に投与したとしてエンゼルスの球団職員がテキサス州連邦当局によって起訴された。

    中国からの流入制限

    2019年8月23日ドナルド・トランプ大統領は、米中貿易戦争が激化する中で、乱用が問題となっているフェンタニルが中国から流入することがないようフェデックスユナイテッド・パーセル・サービスアマゾン、アメリカ郵政公社に対し配達を拒否するよう指示した[4]

    罰則

    2017年10月には、アメリカのインシス・セラピューティクス社の最高経営責任者 (CEO) が過剰処方を促したことで逮捕され、医師や薬剤師にリベートや賄賂を渡し、軽い痛みにも処方されるよう虚偽の説明なども用い、連邦捜査局はがんでもない患者に売りつけるのは、薬の密売人と変わりないと非難した[5]。2019年5月2日、ボストンの連邦陪審は、創業者らに有罪の評決を下した。創業者らは控訴する見込み[6]

    軍事用途

    フェンタニル400 µg含有のロリポップ
    包装と中身(中央下)

    2002年10月に発生したモスクワ劇場占拠事件で鎮圧のため、ロシア政府特殊部隊が使用したKOLOKOL-1は、フェンタニルの誘導体を用いた化学兵器である[7]

    2011年よりアメリカ海兵隊は、モルヒネと併用してフェンタニルのロリポップを鎮痛剤として使用し始めた[8]

    フェンタニルとレミフェンタニル

    フェンタニルは長年、術中の最も強力な鎮痛薬として使用されてきたが、レミフェンタニルの登場後はその座を脅かされつつある。

    フェンタニルのみで強い手術侵襲による交感神経系反応(血圧上昇、頻脈)や体性神経反応(体動)を抑制しようとすれば、かなり高濃度(3〜4ng/mL以上)を維持する必要がある。しかし、長時間の手術でこのような高い濃度を維持するように、間欠的あるいは持続的に投与すると、フェンタニルは投与終了後の濃度低下が緩やかであるため、副作用である呼吸抑制が遷延して、手術終了時の自発呼吸再開が遅れる欠点がある。一方で、レミフェンタニルは血中や組織で容易に分解される化学構造(エステル結合)を有するので、手術時間にかかわらず投与中止後3〜5分の間に血中濃度が半減する。したがって、レミフェンタニルを投与したために、術後自発呼吸の回復が遅れる可能性は低いといえる。

    一方で、フェンタニルは手術中に投与しておけば術後数時間にわたって鎮痛効果が残るという利点がある。また、レミフェンタニルはインフュージョンポンプを用いなければ手術室外での鎮痛に使うことができず(日本ではこの使い方は保険適用外でもある)、患者調節鎮痛法(PCA)にも向かないため、術後鎮痛、集中治療領域や緩和医療領域においては現在もフェンタニルが頻用されている。

    出典

    1. 医療用医薬品 : フェンタニル”. www.kegg.jp. 2020年7月23日閲覧。
    2. Axel Bugge (2017年10月28日). “アングル:米国の「オピオイド危機」、欧州にも波及の恐れ”. ロイター. https://jp.reuters.com/article/drugs-opioids-idJPKBN1CW0ST 2017年12月5日閲覧。
    3. “プリンスさん、鎮痛剤の過剰投与で中毒死 検視官が公表”. 朝日新聞. (2016年6月3日). http://www.asahi.com/articles/ASJ63216BJ63UHBI007.html 2016年6月3日閲覧。
    4. トランプ氏が対中関税引き上げ、報復に対抗 米企業に中国撤退も”. ロイター (2019年8月24日). 2019年8月24日閲覧。
    5. メリナ・デルキック、河原里香・訳 (2017年10月27日). “米製薬大手、中毒性のオピオイド「密売」でCEOら逮捕 (Big Pharma Exec Arrested for Opioid Bribes)”. ニューズウィーク日本版. http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2017/10/ceo-13.php 2017年12月5日閲覧。
    6. 米陪審、製薬会社創業者に有罪評決 「オピオイド薬の乱用招いた」”. ロイター (2019年5月3日). 2019年5月3日閲覧。
    7. Russia names Moscow siege gas
    8. 米海兵隊、戦場での痛み止めに鎮痛トローチを導入(AFP.BB.NEWS.2011年11月3日)2011年11月4日閲覧

    関連項目

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