パルス・プロ・トト

パルス・プロ・トト (ラテン語: pars pro toto) は、英語で「a part (taken) for the whole(全体に代わるものとして受け取られる部分)」の意と説明されるラテン語の語句であり[1]日本語では、「部分をもって全体をあらわす[2]」、「全体に代わる部分[3]」、「全体を代表する部分[3]」などと訳される。

概要

モノや場所、概念などの「部分」を成す名称が、そのモノや場所、概念などの「全体」を代表するような表現の仕方のことである。

パルス・プロ・トトは、部分を列挙することで全体を表現するメリズモ (Merism) や、モノや場所、概念などが、それと関係する何らかのモノや場所などによって呼ばれることを指す換喩(メトニミー)[4]、また、パルス・プロ・トトと同じことを意味する場合もあるが、逆に全体が部分を代表する場合(トトゥム・プロ・パルテラテン語: totum pro parte)も含んでいる提喩(シネクドキ)などとは、異なる概念である[5]

同様に、認識や行為において「部分」が「全体」に代わり得る、同等のものと扱われる場合もパルス・プロ・トトであり、例えば、C・G・ユングは、心臓や脳など倒した敵の身体の一部を食べ、敵の力を自らに取り入れようとする行為や、頭部の皮を剥ぐ行為について、これを敵の身体の一部を敵そのものと同一視するパルス・プロ・トトであるとしている[6]

関連項目

脚注

  1. pars pro toto - Definition from the Merriam-Webster Online Dictionary”. Merriam-webster.com (2012年8月31日). 2014年2月3日閲覧。
  2. 馬原潤二「エルンスト・カッシーラーと自然法思想 -「シンボル形式」の哲学における「政治的」転換点 (PDF) 『政治思想研究』第2号、政治思想学会、2002年5月10日、 154頁、2014年6月26日閲覧。 NAID 40005601753
  3. 戸谷浩「書評 歴史遺産としてのドナウと,Pars pro toto論--エステルハージ・ペーテル著(早稲田みか訳)『ハーン=ハーン伯爵夫人のまなざし--ドナウを下って』(東欧の想像力 3)」『国際学研究』第39号、明治学院大学国際学部、2011年、 140頁。 NAID 120005324363
  4. mwestwood (2014年2月15日). Homework Help: What is the exact difference between these two stylistic devices: (1) Synecdoche (2)...”. eNotes.com. 2014年6月26日閲覧。
  5. Georgalou, Mariza. “Scoring a hat trick: Nation, football, and critical discourse analysis”. Rice Working Papers in Linguistics 1: 115. "Moreover, both strategies include the use of tropes, such as metaphors and synecdoes in the form of a part standing for the whole (pars pro toto synecdote) or a whole standing for the part (totum pro parte synecdote)."
  6. Jung, C.G.; (translators) Gerhard Adler, R.F.C. Hull (1983年8月1日). Alchemical Studies (Collected Works of C.G. Jung Vol.13). Princeton University Press. p. 71. http://books.google.co.jp/books?id=OhI3AgAAQBAJ&pg=PA71&lpg=PA71&dq=Jung+%22pars+pro+toto%22&source=bl&ots=q4VlpLH7oS&sig=rpj9zCGr1PzMovK-b2p7s0cRNik&hl=ja&sa=X&ei=HhyuU6_sE4aNkwWWpoHIDA&redir_esc=y#v=onepage&q=Jung%20%22pars%20pro%20toto%22&f=false 2014年6月28日閲覧. "Just cutting out and eating the heart or brain of an enemy is supposed to endow one with his vital powers or virtues, so scalping is a pars pro toto incorporation of the life principle or soul."
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