ハラルド・ヒルシュスプルング

ハラルド・ヒルシュスプルング: Harald Hirschsprung1830年12月14日 - 1916年4月11日)はドイツ系デンマーク人の小児科医ヒルシュスプルング病の研究で知られる[1]

来歴

1830年コペンハーゲンに生まれる。高校を優秀な成績で卒業し、1848年に大学に入学。博士論文には腸管閉鎖疾患を選んだ。

1870年、新生児病院に赴任。1879年にはクイーンルイース小児病院の院長に就任、1886年に先天性消化器疾患のヒルシュスプルング病を解明した[1][2]

1891年には小児科の教授に任命された。人前で話すことが得意でなかったが、日曜の朝には熱心な医学生のために授業を開いた。貧しい家庭の子供のために無料の健康診断を行い、女王の反対を押し切って、患児のベッドには聖書ではなく動物の写真を飾った。

1904年には、多発性脳硬化症のため辞任を余儀なくされたが、エーレスンドに移り住み研究を続けた。1910年に妻が死去すると、脳硬化症が悪化。1916年に死去した。

脚注

  1. Holschneider, A. M., Swenson, O. (2000-06-01). “Historical Review”. In Holschneider, A. M., Puri, P. (英語). Hirschsprung's Disease and Allied Disorders (2nd ed.). Taylor & Francis Group. pp. p.3. ISBN 905702263X
  2. ただし、1888年を最初の報告年とする資料もある。 小林昭夫「消化器疾患」『小児科学』矢田純一、中山健太郎編、文光堂、1994年4月、第7版、p.p.467-468。ISBN 4-8306-3017-5。
This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.