テクノ (F1)

テクノ
活動拠点 イタリアボローニャ
創設者 ルチアーノ・ペデルザーニ
ジャンフランコ・ペデルザーニ
ドライバー ナンニ・ギャリ
デレック・ベル
クリス・エイモン
参戦年度 1972 - 1973
出走回数 10
コンストラクターズ
タイトル
0
ドライバーズタイトル 0
優勝回数 0
通算獲得ポイント 1
表彰台(3位以内)回数 0
ポールポジション 0
ファステストラップ 0
F1デビュー戦 1972年ベルギーGP
最終戦 1973年イギリスGP

テクノTecno Automobili)は、かつて存在したイタリアのF1コンストラクター。

来歴

1962年にルチアーノ、ジャンフランコのペデルザーニ兄弟がボローニャに設立したカート製造工場が母体[1]。その後F4、F3を経て、1967年からF2に参戦[1]、F1とF2の混走で行われた1969年ドイツGPフランソワ・セベールがテクノ製のF2マシンで出走。1970年クレイ・レガツォーニがドライブしてF2チャンピオンを獲得している[2]

F1

1972年型PA123

F1参戦を目指し、1971年初めから水平対向12気筒エンジンの開発をスタート[1]、翌1972年に鋼管スペースフレームを使用したPA123を製作して、F1参戦を開始した。スポンサーに酒造メーカーのマルティーニ・エ・ロッシが付き、「マルティーニ・レーシングチーム」としてエントリー。チームマネージャーはヴァンウォール[3]やJWオートモーティブ[1]でマネージャーをつとめたデビッド・ヨークが担当。ベルギーGPでデビューし、ナンニ・ギャリデレック・ベルがドライブしたが、一度も完走できずに終わった。

1973年はドライバーがギャリ、ベルの2人からクリス・エイモンへと変更。マシンはアラン・マッコールが改修したPA123Bを登場させたが、マッコールはペデルザーニと対立してチームを離脱した[4]。一方で、前年の成績に不満を持ったマルティーニの意向により[5]、ゴードン・ファウエルが設計、イギリスのジョン・トンプソンに依頼して製作された[5]E731も登場する事態となった。

1973年最初のレースとなったベルギーGPではPA123に乗ったエイモンが6位に入賞したが、以降出走した3戦すべてリタイヤとなった。もう1台のE731はイギリスGPの予選に登場したのみで、決勝に出走することはなかった。オーストリアGPを最後にエイモンが離脱したことにより、F1での活動を停止した。

F1での成績

(key)

シャシー タイヤ ドライバー 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 Points WCC
1972年 テクノ・PA123 F ARG
RSA
ESP
MON
BEL
FRA
GBR
GER
AUT
ITA
CAN
USA
0 -
デレック・ベル DNQ Ret DNQ DNS Ret
ナンニ・ギャリ Ret Ret NC Ret
1973年 テクノ・PA123B
E731
F ARG
BRA
RSA
ESP
BEL
MON
SWE
FRA
GBR
NED
GER
AUT
ITA
CAN
USA
1 11th
クリス・エイモン 6 Ret Ret Ret DNS

[6]

脚注

  1. オートスポーツ三栄書房、1972. 3/1号、20頁。
  2. Tecno”. 8W. 2017年6月3日閲覧。
  3. David Yorke”. Grandprix.com. 2017年6月3日閲覧。
  4. 『オートスポーツ』 1973. 6/1号、91頁。
  5. カーグラフィック二玄社、1973年4月号、218頁。
  6. 『F1全史 1971 - 1975』 ニューズ出版、1993年、50 - 51・70 - 71頁。

外部リンク

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