ザクセン=アンハルト州

ザクセン=アンハルト州 (Land Sachsen-Anhalt) は、ドイツ連邦共和国を構成する16の連邦州のひとつであり、1990年ドイツ再統一により新たに誕生した5州(いわゆる「新連邦州」)のひとつである。州都のマクデブルクは、州のほぼ中心に位置する。州内で最も人口が多いのは、南部の中心地ハレ (ザーレ)である。

ザクセン=アンハルト州
Land Sachsen-Anhalt
州旗 州の紋章
州都マクデブルク
面積 20,451.58[1] km² 第8位
人口
 - 総計
 - 人口密度
(2019年12月31日)
2,194,782[2]  第11位
107 人/km²
ISO 3166-2:DEDE-ST
公式サイトザクセン=アンハルト州政府
  
州首相ライナー・ハーゼロフドイツキリスト教民主同盟
与党   ドイツキリスト教民主同盟   ドイツ社会民主党 及び   同盟90/緑の党
前回選挙2016年3月13日
次回選挙2021年(予定)
連邦参議院(上院)
での投票権数
4
  
市町村数
 * 独立市
1,049
3

地理

ザクセン=アンハルト州はドイツ北東部に位置し、連邦州の中で8番目の広さを有する。西はニーダーザクセン州、南はテューリンゲン州ザクセン州、東と北はブランデンブルク州に接している内陸州である。

州域の南東から中心部のマクデブルクを経由して北へ流れるエルベ川と、南から北上しマクデブルクの南東でエルベ川に合流する支流のザーレ川との2大河川を中心として平坦な土地が広がる。南西の一部は、北ドイツにおいて最も標高の高い部分で、ニーダーザクセン州とテューリンゲン州とにまたがりハルツ山地が広がる。最高峰は、ブロッケン現象で知られるブロッケン山海抜1141.1m)である。

歴史

今日の州に属する領域は、ドイツ帝国時代(1871年-1918年)のプロイセン王国ザクセン州 (Provinz Sachsen) の大部分、アンハルト公国の全域、ブラウンシュヴァイク公国 (Herzogtum Braunschweig) の一部をあわせた部分に相当する。帝政崩壊後は、それぞれヴァイマル共和政の邦たるアンハルト自由州ブラウンシュヴァイク自由州となったが、枠組みの変更はなかった。

1944年7月、プロイセンのザクセン州は再編され、北半分がマクデブルク州、南半分がハレ=メルゼブルク州となり、エアフルト周辺はテューリンゲン州に編入された。

第二次世界大戦後ソビエト連邦の管理地区(ソ連占領地域)となり、1945年にマクデブルク州、ハレ=メルゼブルク州、アンハルト自由州、そしてブラウンシュヴァイク自由州に属していたカルフェルデ飛地)とブランケンブルク郡の東部、テューリンゲン州に属していたアルシュテット(飛地)とが統合され、新たなザクセン州(Provinz Sachsen)が成立した。この時点での州の面積は、24,576km²あった。州都は、マクデブルクが戦災で壊滅状態であったため、ハレに置かれたが、ソ連占領地区では米英仏占領地区とは異なり、州の上に設置された中央行政機関による中央集権的な行政がされた。州名は、同年のうちにザクセン=アンハルト州(Provinz Sachsen-Anhalt)に、1947年にプロヴィンツ(Provinz)からラント(Land)に改称された。

  1947年-1952年の州境
  1990年以降の州境

1949年ドイツ民主共和国(東ドイツ)が成立し、その5州のうちの1州となった。1952年の地方行政改革により州を廃止し、県を設置することになり、ザクセン=アンハルト州は、概ねマクデブルク県ハレ県になったが、一部は周辺の県に編入された。

1990年10月3日、マクデブルク県、ハレ県(アルテルン郡を除く)、コトブス県イェッセン郡によって、新たにザクセン=アンハルト州が誕生した。州の人口は減少傾向にあり、ドイツの16州のうち、1996年以降は第10位であったが、2004年には第11位となった。

2004年1月1日、県を廃止し21の郡 (Landkreis) と、郡に属さない3つの郡独立市 (Kreisfreie Stadt) と なった。21の郡の下には行政単位として121の市 (Stadt) と、918の町村(Gemeinde)が含まれた(そのうちの95市915町村は、周辺の市町村と行政連合を組んで自治体業務を合理化していた)。

2007年7月1日、郡の再編が行われ、全11郡と3つの郡独立市となった。

政治

州議会

州議会の政党別議席数(2016年現在)

州議会 (Landtag) は一院制で、議員は小選挙区比例代表併用制で選出される。2020年現在の議席数は87。2016年3月13日に行われた州議会選挙での、各党の「得票率/獲得議席数(前回2011年選挙からの増減)/議席占有率」は以下の通りである。

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改選前はCDU・SPDの2党連立により、ライナー・ハーゼロフ(CDU)が州首相を務めていたが。これにGRÜNEを加えた3党の連立によりハーゼロフが州首相の座を継続することとなった。

歴代州首相

氏名所属政党就任日退任日
1エアハルト・ヒューベナーLDP1947年7月21日1949年8月13日
2ヴェルナー・ブルシュケSED1949年8月13日1952年7月23日
州廃止
3ゲルト・ギースCDU1990年10月28日1991年7月4日
4ヴェルナー・ミュンヒCDU1991年7月4日1993年11月28日
5クリストフ・ベルグナーCDU1993年12月2日1994年7月21日
6ラインハルト・ヘプナーSPD1994年7月21日2002年5月16日
7ヴォルフガング・ベーマーCDU2002年5月16日2011年4月19日
8ライナー・ハーゼロフCDU2011年4月19日(現職)

地方行政

州の行政単位は11の郡 (Landkreis) と、郡には属さない3つの郡独立市 (Kreisfreie Stadt) とで構成される。郡の下には行政単位として市 (Stadt) と、町村(Gemeinde)が含まれる。なお、2004年から2007年までは郡は21あったが、集約されて現在の数となった。

郡と郡独立市
人口(人)
(2019年12月31日[2])
面積 (km²)人口密度
(人/km²)
アンハルト=ビッターフェルト郡 (ABI) 158,486 1,452.71 109
ブルゲンラント郡 (BLK) 178,846 1,413.36 127
ベルデ郡 (BK) 170,923 2,366.19 72
ハルツ郡 (HZ) 213,310 2,104.00 101
イェリヒョウアー・ラント郡 (JL) 89,589 1,576.66 57
マンスフェルト=ズュートハルツ郡 (MSH) 134,942 1,448.60 93
ザーレ郡 (SK) 183,815 1,433.22 128
ザルツラント郡 (SLK) 189,125 1,425.86 133
アルトマルク・ザルツヴェーデル郡 (SAW) 83,173 2,292.52 36
シュテンダール郡 (SDL) 111,190 2,422.96 46
ヴィッテンベルク郡 (WB) 124,953 1,929.89 65

郡独立市

郡独立市人口(人)
(2019年12月31日[2])
面積 (km²)人口密度
(人/km²)
デッサウ=ロスラウ (DE) 80,103 244.62 327
ハレ (ザーレ) (HAL) 238,762 135.02 1,768
マクデブルク (MD) 237,565 200.95 1,182

2004年から2007年の行政区分

2004年から2007年の郡と郡独立市

  1. アルトマルク・ザルツヴェーデル郡
  2. アンハルト=ツェルプスト郡
  3. アシャースレーベン=シュタスフルト郡
  4. ベルンブルク郡
  5. ビッターフェルト郡
  6. ベルデ郡
  7. ブルゲンラント郡
  8. ハルバーシュタット郡
  9. イェリヒョウアー・ラント郡
  10. ケーテン郡
  11. マンスフェルダー・ラント郡
  12. メルゼブルク=クヴェーアフルト郡
  13. オーレ郡
  14. クヴェードリンブルク郡
  15. ザール郡
  16. ザンガーハウゼン郡
  17. シェーネベック郡
  18. シュテンダール郡
  19. ヴァイセンフェルス郡
  20. ヴェルニゲローデ郡
  21. ヴィッテンベルク郡

郡独立市

シンボル

1991年1月29日に制定された。紋章の上半分はザクセン、下半分はアンハルトに由来する。右上に描かれた黒い鷲はプロイセンの象徴である。

脚注

外部リンク

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