イリヤ・クレバノフ

イリヤ・イオシフォヴィチ・クレバノフロシア語: Илья Иосифович Клебанов, ラテン文字転写: Ilya Iosifovich Klebanov, 1951年5月7日 - )は、ロシア政治家2003年11月1日から2011年9月6日まで第3代北西連邦管区大統領全権代表。元副首相。

イリヤ・クレバノフ
Илья Иосифович Клебанов
生年月日 (1951-05-07) 1951年5月7日(69歳)
出生地 ソビエト連邦
ロシア・ソビエト連邦社会主義共和国レニングラード
出身校 カリーニン工科大学(現在のサンクトペテルブルク工科大学
前職 技師、レニングラード光学機械合同支配人、サンクトペテルブルク第一副市長
現職 ソヴコムフロート社取締役会議長(会長)

在任期間 2003年11月1日 - 2011年9月6日

在任期間 2002年2月18日 - 2003年11月1日

在任期間 1999年5月31日 - 2002年2月18日

1974年カリーニン工科大学(現在のサンクトペテルブルク工科大学)を卒業する。大学で電気工学を学んだ後、レニングラード光学機械合同(LOMO)に勤務し、1997年支配人となった。

1997年サンクトペテルブルク市役所に入り、第一副市長(経済産業政策担当)となる。1998年ロシア連邦政府ミハイル・カシヤノフ内閣)の副首相(軍事産業担当)に任命される。副首相として軍需産業企業の改革が最優先課題であった。業界の反発を買いながらも企業170社を削減した。2002年に副首相から産業・科学・技術相となるが、この人事は降格人事と見なされた。

2003年11月1日サンクトペテルブルク市長に就任したワレンチナ・マトヴィエンコの後任として北西連邦管区大統領全権代表に任命される。クレバノフの北西連邦管区代表就任は、モスクワからサンクトペテルブルクへの首都機能移転を推進するものであると見る観測筋もあった。

2011年9月6日、ドミートリー・メドヴェージェフ大統領は、クレバノフを北西連邦管区大統領全権代表から解任した。解任にあたっては、他の公職に移るとの理由を発表した[1]。同9月14日には、ロシア連邦安全保障会議からも外れた[2]。10月、ロシアの船会社ソヴコムフロートの取締役会議長に就任した[3]

脚注

  1. Указ «О Клебанове И. И.»
  2. Внесены изменения в состав Совета Безопасности
  3. Клебанов, Илья

参考

外部リンク

先代:
アレクサンドル・ドンデュコフ
産業・科学・技術相
2002年 - 2003年
次代:
アンドレイ・フルセンコ
先代:
ワレンチナ・マトヴィエンコ
北西連邦管区大統領全権代表
2003年 - 2011年
次代:
ニコライ・ヴィンニチェンコ
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